各自、荷物を泊まることになる部屋へと運び。 皆とは少し離れた所に部屋があるは、ユニフォームに着替えて移動していた。 そして本日何度目かの溜め息をつく。 大変だった……。 旅館に着いた時のことを思い出して彼女は脱力する。 これから練習だというのに、無駄な体力を消耗した気分だった。 既に立海のメンバーが旅館に着いていることは知っていた。青学の何人かはが参加した理由に気づいた筈だろう。 勿論、理由はそれだけではないし、本来なら参加しないつもりだった。 だがこれが最後だと思えば惜しく思えたし、竜崎先生の強引さもあって手伝いをすることにした。立海のことも到着すれば知られることだから、後ろめたさもなかった。 しかし、まさか氷帝のメンバーまで来るなどと誰が予想しただろうか。 お陰で先程は解散させるのに一苦労だった。 普通に挨拶する者もいれば、睨み始める者達もいてそれぞれの学校の面子が個性的過ぎるが故、先生の一声がなければ収拾はつかなかったかもしれない。 また起こるかもしれないと思いながら、旅館に隣接したスポーツ設備のある建物まできて、彼女が視線を落としていると声をかけられる。 「――下を向いて歩くと危ないぞ、」 「!……乾」 気づくとテニスコートがあるフェンス近くの入り口で、乾が待っていた。 「どうしたの、皆は?」 「もう中に入っているんだが、その前にお前に渡す物がある」 傍に寄って尋ねるに、彼はそっとハリセンを渡してきた。 「はい?」 訳も判らず受け取ったその道具は見覚えがあり、前に部活で同じように乾から受け取った物だ。 「え、どういうコト?」 「アレを止めてきてくれ」 戸惑う彼女に、淡々と告げる乾の言葉を辿るとそこには、先程と同じような光景では呻きを漏らした。 それと同時にハリセンの意図を汲んで、溜め息を吐きながらはフェンス内のコートへ向かう。最初は迷わず越前の許へと。 「何やってんのよ…――切原!」 「ぐわっ!!?」 彼女が真っ先に乾から託された道具を使用したのは、なぜかここで越前と睨み合っていた切原だった。 上手くスナップの効いたその攻撃と、不意打ちに切原は蹲る。勿論、頭を押さえて。 その光景を少し遠巻きで見ていた青学メンバーを含め、対峙していた越前も驚いている。 「何するんスかっ先輩!めっちゃ痛いじゃないっスか…つか、そんなモンどこから」 「うるさいよ。何で切原がココにいるのかな?君達は今日、ランニングでしょ」 「うっ…」 にこやかに指摘するに、彼は言葉に窮する。 彼女の言う通り、今日このコートを使うのは青学であり、彼ら立海は基礎体力作りの周辺ランニングの筈だ。 「だって、ソイツがガンつけてきたから」 いつもの強気な切原もこの手の(怒っている)は苦手なのか、腰が引けている。 「どうせ君が睨んでたんでしょうが…――越前、何もされてない?」 「え、まぁ…」 「何でソイツは心配して俺は怒られるんスかっ?差別…」 切原が言い切る前に、言葉を遮ったのは物凄い速さで突きつけられたハリセン。 彼の顔面ギリギリにハリセンを向けたまま、は笑顔で告げる。 「――前にも言ったでしょ、勝手にちょっかい出すなって…また、頬を抓られたいのかしら?」 「スミマセンした――っ!!」 妙に威圧感のある彼女に、観念した切原は正した姿勢を直角に曲げて謝った。 それを見て少し居た堪れなくなったのか、越前が半ば恐る恐る声をかける。 「あの、ホント・何もされてないっスよ?」 「ん?――あぁ、判ってるよー越前。半分は苛めてるだけだから」 「やっぱり!!」 明るく答えるに、予想はしてたのか切原がショックを受けて蹲る。 その肩に手を置いたのは、どこか楽しそうな丸井と桑原。 「まぁしゃーねぇよ、自業自得だからな」 「ホント学習力ないなお前は」 「いや、アンタらも見てたなら止めなよ」 慰めのつもりなのか、傷を抉っている二人へは冷静に突っ込んだ。 まずは切原を止めに行ったが、なぜか丸井と桑原のコンビもここにいたのだった。 それを指摘しようとしたところでタイミングでも見計らっていたのか、横から菊丸が抱きついてきた。 「なんか判んないけどカッコイイぞーー!」 「意味判んないし、抱きつかないで菊丸!」 「あーっズリィ俺も!」 「もっと意味判んないっ!」 ただでさえ菊丸を引き剥がすのが大変なのに二人なんて冗談じゃないと、彼女は咄嗟のところで丸井の頭を押さえつけた。 「相変わらず大変だなー」 だから見てないで止めろ。 しみじみと呟く桑原に、声には出さず目だけで突っ込んだ。 その眼光に気圧されたのか、肩を竦めた桑原はやっと丸井を掴んで引き剥がした。だが菊丸はまだくっついたまま。 は仕方ないと、溜め息をついて持っていたハリセンを見せた。 「いい加減にしないと、君にもハリセンが飛ぶよ?」 「それは勘弁!」 以前、食らったのが余程応えているのか菊丸は猫のようにとび退いた。 やっと身が軽くなったところで、既に引き離されたことに対しての不満を発散した(主に桑原に)丸井が不思議そうに訊いた。 「で、お前んトコのアレは止めなくてイイのか?」 その声に振り向くと、こちらの騒ぎとは別にコートで睨み合っていたのは桃城と海堂。 だがそれに対してはウンザリとした様子で、背を向けた。 「アレはイイのよ。日常茶飯だから」 「あっそ」 然して興味もないのか、あっさり返した丸井にそれより練習は良いのかと訊こうとして、後ろから遮られる。 「――それにしても、気持ち良いほど鮮やかな止め方だったね」 「……楽しそうだね不二」 照りつける陽射しと反し、どこか爽やかさを感じさせる笑顔で現れたのは不二。 呆れも含めて、自分は疲れたと言いたげに告げると、彼は更に笑顔を増して返した。 「アレ?疲れてるね、まだ練習は始まってないよ?」 「あーハイハイ。そうだねーところで乾は?」 「あぁそれなら、もう大石やタカさんと一緒にアップしてるけど」 おおーいっ!!! 不二が指す方を見て、は思わず心の中で叫んだ。 自分に切原を止めてとお願いしてきた乾は、まるで我関さずとばかりにコートで大石と河村と共に準備運動をしていた。 僅かに怒りを憶えたので持っていたハリセンを握り締めている時、突然・手の中からそれが消える。 「――何故、こんなモノを持っているんだ?」 「……真田っ」 振り返るとそこにいたのは真田で、背後には残りのメンバーを引き連れていた。恐らく切原達を捜しにきたのだろう。 いつもより(から見た限りでは)険しい表情をした真田に、彼女はハリセンを奪われたことに対して不満をぶつけた。 「背後から人のモノを奪わないでよ真田」 「そんな事はどうでも良い。女がこんな物を持って何をしてるんだ。没収だ」 「何を大石と同じコト言ってるの、返して」 「駄目だ」 が取り戻そうと手を伸ばすが、自分より背の高い真田がハリセンを持ったまま手を掲げた為、彼女の手は届かずに空を切る。 見た目が高校生とも見間違える男と幼さの残る少女が、小学生のような攻防を広げる光景は微笑ましいものがあったが。 彼らをよく知る立海側からすれば妙な光景だった。 しかしやっている本人であるの場合、悔しい以外の何者でもないから一旦止まって黙考し反撃に出る。が、 「えい…」 「――取れないからって、抱きつくのは違うだろ」 届かないなら抱きついて脅かしてやろうという考えを見破ったのは、冷静に後ろから止めに入った仁王。 あっさりと止められて戸惑ったは、泣くように顔を腕で覆って素直に思いを告げた。仁王に。 「だって真田が意地悪するんだもん。届かないんだもん…」 「おーい。が泣いてるんだけどー」 「泣いてないだろうっ?も妙な真似をするな!」 「じゃあ早く返して」 焦った真田が反論すると、平然としたがあっさりと返した。それに気を削がれたのか素直に渡してしまう真田。 それが普通になっているのだろう。柳と柳生の二人は彼らには全く反応せず、寄り道をしている切原達の捕獲に向かっていた。 真田も気を取り戻して、連れて来られた切原達に向かって叱咤する。 「お前達は何をしてるんだっ!余所の学校にちょっかいを出してる暇があったら練習に専念しろ」 その余所の学校が練習している場所で部員を叱っていることには気づいていない真田に、慣れているのか反省の色など見えない丸井が平然と言う。 「なーに言ってんだよ。お前だって、の様子が気になってるんだろー」 「なっ…」 「じゃなきゃ、こんな練習場の近くをランニングコースにしないだろ」 「え、そうなんスか?」 「余計な事は言わんで良いっ」 一言で立場がすり替わったことに焦ってか、真田は無理やり話を終わらせて練習に向かわせようとする。それでも恥をかかされたことに腹が立ったのか、低く唸った。 「戻ったら、通常の5倍な」 「「「えっ」」」 その言葉が意味するものに、顔を強張らせる三人。 「俺は無理やり付き合わされただけなんだけど」 「あっジャッカルてめっ…」 「まぁまぁ」 自分だけ逃れようとする桑原に丸井が文句を言いかけた時、が間に入って仲裁しながら真田に話かける。 「"お仕置"は私がしといたから、勘弁してあげてよ真田」 持っているハリセンを見せながら苦笑する彼女に(実際は切原しかお仕置きしていないが)、驚いたような真田はその後、溜め息をついて背を向けながら考えておくとだけ言ってコートを出ようとする。 その後をついて行きながら、丸井達が目でお礼を言って去っていく中、柳だけが彼女の横で立ち止まって呟いた。 「悪かったな」 「……この位、お安い御用よ」 彼らしい言葉に、くすぐったさを感じながらは苦笑しながら彼らを見送った。 やっと練習に集中出来ると安堵していると、隣りではいつの間にか現れた乾が当たり前のようにノートにペンを走らせていた。 「面白いデータが取れたな」 八つ当たりで振り翳したハリセンは、あっさりと乾にノートで防がれたのだった。 |