彼がやってきたのは、私が部活で休憩している時だった。 「――竜崎先生の呼び出し?」 「あぁ、だから一緒に来てくれるか?」 暑さを増した陽射しに反し、爽やかな大石の言葉に思わず動きを止める。 ……なんだか、嫌な予感がするんだけど。 男子部には週に1・2回、練習に参加させて貰ってるから竜崎先生には私もお世話になっている。 けれどわざわざ大石を使ってまでの呼び出しとは、確実に何か含みがある気がしてならない。 その思考は表に出さないよう、苦笑いしながら回避を試みる。 「でも、まだ部活中だし…」 「イイーって、行ってきなよーサン。竜崎先生がお呼びなんだから」 部長ぉぉおぉ――っ! 努力も虚しく、隣りにいた女子部部長が笑いながら軽く告げる。 何というかウチの部長は、明るいというよりさっぱりし過ぎな気がする。 まぁ、嫌いではないし、寧ろ彼女の性格は気に入っている。但し、見ている分にはだけど。 部長が承諾してしまっては言い訳も見つからず、私は溜め息をついて大石に向き直った。 「判ったよ。で、どこに向かえばイイの?」 「職員室だ」 持ってたラケットなどを愉しそうに見送る部長に預けて、歩き出す大石に続いた。 練習場を後にする時、すれ違う女子部の後輩達が元気良く挨拶してきた。それに私はにこやかに、大石は持ち前の爽やかな笑顔で対応する。 あるミーハーな女の子は大石に挨拶して貰えたことにはしゃい声が背後から聞こえ、改めて元気だなーと私は苦笑する。 様々な部活動が練習するグラウンドを抜け、校舎へと向かう。 隣りを歩くユニフォーム姿の大石は、私に歩幅に合わせてくれてるのかいつもより若干・歩くのが遅い。 その気遣いに、僅かな切なさのようなモノを感じて少し俯いた。 両側を校舎に挟まれ陽の陰る道を歩いてた時、それまで互いに黙っていたのに苦しくなったのか、大石が遠慮がちに話しかけてきた。 「……機嫌、悪そうだな」 一瞬、言ってる意味が判らず眼を丸くする。 確かにさっきから口を開いてないけど、不機嫌な態度なんてとっていない筈。 「何で?」 「ここ数日・悪いじゃないか、機嫌。――聞いたんだろ?決勝戦のこと」 「あぁ…」 言われて納得した私は、溜め息をつくように答えた。 「……当然でしょ。あんなコトになってたなんて聞いて、平然としてられる訳ないよ」 校舎の昇降口へ向かいながら、口調は無意識に不機嫌というより沈んだものになっていた。大石もそれを汲んでか、申し訳なさそうに苦笑する。 先日行われた、関東大会決勝戦。対戦校は立海大附属中学。 当然、決勝戦だからそれは熾烈な戦いになるだろうと、誰もが思っていただろう。 そして当然、怪我をするかもしれないという心配も予想出来た。相手が彼ら、立海メンバーなら尚更。 彼らの勝利に対しての執念、狡猾さを私はよく知っていた。 「……それだけ、本気でぶつからなきゃいけなかったのさ」 「だからって、あんな怪我…誰だって心配する」 その予想を肯定するように、試合中に桃城は足を、不二と菊丸は頭にボールを受けていたことを後で聞かされた。 だから機嫌の悪かった私に大石は上履きに履き替えたその足で、職員室へ向かいながら穏やかに言った。 「きっと、不二達もお前に心配させたくなかったから言わなかったんだろう」 その言葉に私はすうっと眼を細めた。 帯びた冷たい気配に隣りを歩く大石は、気づいていない。 そんなことは、私も判っているつもりだ。彼らはそういう人達なのだから。 人の心配は余計なほどする癖して、こんな時ばかり格好つける。 「私が怒ってるのは怪我をしたコトじゃなくて、黙っていたコトよ」 少し怒気の含んだ声音に気づいて大石が振り向く。 私が彼らが怪我をしたことを聞いたのは、人伝だった。それを知った時、ショックだったのをはっきりと憶えている。 「内緒にされて、後で知る方がよっぽど辛いん……」 「…?」 言いかけて不意に足を止めた私に、大石がつられて立ち止まる。 自分の言ったことに驚きながらその軽率さに後悔した。私は同じコトを、立海の皆にしたんだから。 転校する直前、幸村達3人には知らせたけれど、それ以外の丸井達には何も告げずに私は発ってしまった。 だから彼らの怒りは今の自分以上だったろうと、改めて申し訳なく思う。 結局、気づくのは後になってからだと少し俯いていると、黙っている私を心配した大石が覗き込んでくる。 「どうした?。大丈夫か?」 「……うん。何でもないよ」 出来るだけ明るい笑顔を向けて、私は廊下を歩き出す。 教室などがある校舎に比べ、よく磨かれた職員棟の廊下を職員室へと向かって歩く。 まず大石が職員室のドアを開けて名乗りながら室内へ入り、私も頭を下げて入る。 何名かの教師が机に向かって仕事をしている中、運動着姿の竜崎先生が私達を見て手を上げた。 「おーよく来てくれたね、。実は頼みたいコトがあってな」 「頼み、ですか?」 机の椅子に座ったまま向き直る先生に、私は訊き返した。 一学期も終わったこのタイミングで、生徒への仕事ではなく頼み事として言ってくるのに、一体どんなことなのか予想出来なった。まぁ、失礼だけど良いことには思えない。 不思議そうにする表情の中に不安を読み取ったのだろう、次の言葉を待つ私に竜崎先生は笑って訊いてきた。 「お前さん、料理は出来るかね?」 「は?…料理ですか?」 突然の質問に思わず間抜けな声を出す。料理?……益々、頼み事の内容が想像出来ない。 考えがまとまらなかったけど、取り敢えず質問に答えることにした。 「えっと…一応、人並みには出来ると思います。家に1人でいるコトが多いので」 「そうか。それは良かった」 「あの……一体・私は何で呼び出されたんですか?」 思いきって訊いてみると、先生は隣りの大石と眼を合わせて笑った。 なんだろーこの何か企んでいます感。逃げ出したい。 そんな私の心情も知らず、椅子に深く座り直した先生が愉しそうに見上げて言った。 「なに、夏休みにも入ったし選手達の実力の向上に、男子部で合宿でもしようかと思ってな」 「合宿ですか」 その話自体はごく当然のことで不思議ではなかった。 部活動にとって、夏休みほど全力で練習に励める合宿をするのに持ってこいの時期はない。自分も参加したことがあるからよく判る。 ではなぜ、その話をわざわざ呼び出してまで私にするのか。答えは一つだった。 「その合宿に、お前さんにも手伝いで参加して貰いたいんじゃ」 「へ?」 本日2回目の間抜けな声を発する。 流れからして考えてはいたけど、突然の誘いに私は困惑する。 「え…どうしてですか?」 手伝いといっても、青学テニス部の部員は少なくない筈だ。雑用にしても1・2年生にさせれば良い。 単純に不思議に思って訊くと、竜崎先生がまた愉快げに言う。 「実は今回、レギュラーだけの合宿にしようと思っとるんじゃ。それで、行き先の宿は大きい所なんじゃが予算の関係で食事は自炊なんじゃよ。その他にも手伝って貰おうと思ってな」 「…それで何で、私なんですか?」 話を聞いてるとほぼマネージャーもどきの仕事をさせられそうな勢いに、半ば怪訝な表情で訊くと、先生は豪快に笑う。 「そりゃ、男だらけの中で女子が1人でもおった方が奴らもやる気が出るだろう。あ、女子部の方にはもう許可取っとるから心配するな」 逃げ場無しかぁぁあぁぁああ――っ!!! まさかの手際の良さに、脱力しそうになる。 もしかして女子部の部長サンも知ってて私を送り出したのかもしれない。いや、考えすぎかな。 完全に事後報告に近い頼み事に溜め息を吐いてると、隣りでずっと苦笑して話を聞いていた大石が肩に手を置いてくる。 「まぁ手伝いだけじゃなくて、一緒に練習にも参加出来るよ。それに皆もが来てくれたら喜ぶだろうし」 「……それならまぁ、楽しいだろうけど」 折角の合宿なら私も参加したいと思ってたから、それは有難いことなんだけど。 既に半分諦めた状態で、先生に向き直りながら改めて訊いた。 「で、いつの何泊なんですか?」 「明後日からの3泊4日じゃ」 「 早過ぎます。」 あっさりと言ってのける先生に思わず真顔で返す。明後日って、殆ど準備する日数ないじゃないですか! 「なんじゃ、予定があるのか?」 「いえ…その日程なら空いてますけど」 今度こそ脱力する私に、机から詳細を書いたプリントを渡してくる。 「詳しいことはコレに書いとるから、目を通しといてくれ」 受け取った数枚のプリントには、日程と参加者の名前が書かれていた。 ばっちり私の名前入ってるよ……。 そして軽く読んでいた私の目に留まったのは、行き先である旅館の名前。 「ここって……」 その見覚えのある名前に、私は目の色を変えたのだった。 to be continued... 書下ろし 10/04/27 |