――弱り始めた静かな雨の中。
 試合会場を捜し回り、柳達が越前の許まで辿り着いたのは、が意識を手放して暫くしてのことだった。
 休憩所の一角で、膝に彼女を抱えた越前は全く動かなかった。
 彼らが来ていることは判っているのだろうが、ただ俯いたままの寝顔を見つめていた。
 その光景に不二や真田は少し呆然した。それでも不二にだけは、越前の表情がほんの僅か穏やかに見えた。
 一方で柳は何の躊躇いもなく、越前達の許へ歩きすぐにの容態を看る。
 触れた頬はそれほど熱くはなかったが、熱が下がっていないことは確かで身体は雨のお陰で冷えきっていた。
「先輩は…」
 その時、全く反応を見せなかった越前が呟いて柳達の視線が集中する。
「先輩はずっと、一人で苦しんでたんだ……」
 漠然とした言葉だったが、それは二人の間に起こったことを物語っているようだった。少なくとも不二や真田にはそう思えた。
 だが不二がふと視線を向けた柳は、ただ無表情だった。
 まるでこうなることが判っていたかのように。
「……そうか」
 そして反対に、訪れて欲しくなかった顛末だと。
 彼の一言で不二は気づいてしまった。
「お前は、救ったんだな」
「え…?」
 呟くような言葉に越前がやっと顔を上げる。
 柳は自分のユニフォームのジャージをに被せ、手慣れたように彼女を抱きかかえた。
 不思議そうに見上げてくる越前に、柳は苦笑気味に答えた。
「いや…俺達は、護ることしか出来ないから」
 柳の言葉に、真田は同意も否定もしなかった。
 ただ無言で抱えられているを見下ろし、眉を顰める。
 それはに対しての怒りか、自分に対しての憤りだったのか。判ったのは付き合いの長い柳くらいだった。
 自分を見ていた柳に気づいた真田が、視線のみで理解したのだろう。先に戻っている、と言い残して真田はその場を後にした。
 それを確認せず、を抱えて歩き出そうとする柳を、不二が硬質な声で呼び止める。
「――よく言うよ」
 彼の声に驚いて越前が振り向くと、不二の表情は恐れを思わせるような無表情。それは試合でも見せない、敵意だ。
「護ることしか、しないんでしょ」
 対して、柳は冷静さを帯びた普段と変わらない表情で彼の言葉を聞く。
「自分を…最後の砦にしたいんでしょ、が縋りつく為の」
 迷いのないその言葉に、越前はハッキリと目を見開いた。
 不二の言葉を要約すればつまり、本人の意思とは別に柳は自らが頼ってくるよう仕向けていたということで。
 彼女を護っているようでその実、彼女を手放したくないという表れではないだろうか。
 微かな戸惑いと憤りを抱いて越前が振り向く先で、柳は視線を逸らすように眼を伏せたようだった。
「まぁ、否定はしないが」
 その時、僅かに苦笑したように見えたのは越前の気のせいだったのだろうか。
 柳は踵を返しながら珍しく挑発するように、不二へ向けて言った。
「それはお前も同じ、だろう?」
 不二は、反論しなかった。
 その理由に疑問を持つ前に、柳が去っていくから越前は立ち上がりながら呼び止める。
「どこに…っ?」
「病院だ。の掛かり付けのな」
 それ以上、かける言葉も見つからず二人は彼の背中を見送っていた。
 ふと越前が振り返った不二の表情は変わらずいつもの笑顔だ。いや、本当は憤っていたのかもしれない。
 少なくとも、今の自分がそうだからだ。
「一体、先輩をどうしたいんだ……」
「…彼はどうか判らないけれど」
 呟いた越前に無いと思っていた返事は、抑揚なく紡がれた。
「僕はが好きなんだよ」
 一瞬、思考が停止したような感覚が越前の身体を襲った。
 気づいていたし、わざわざ言われなくても判っているつもりだった。
 だが言葉で聴かされると、こうも落ち着かないのは何なのだろうか。
 それが純粋な感情というモノに思えないからだろうか。不二の抱くその好意が、あの柳と似ているモノだとしたら――?
 戸惑う越前に気づいたのか、不二が笑顔で振り向いて穏やかに言った。


「君は、僕らみたいになっちゃダメだよ」




 †END†




書下ろし 10/02/25