ちゃんふっかーつ」
 そう言って彼女が現れたのは、都大会3日後の朝練だった。
 いつもの笑顔で手を上げるに男子レギュラー達の動きが止まる。
「あ――っ先輩ー!」
「心配しましたよー」
「もう大丈夫なんですか?」
 彼らより先に彼女へと駆け寄ったのは、雑用をしていた1年トリオの堀尾達だった。
 心配してくれる可愛い後輩達に、は嬉しそうに答える。
「うん。今日からまた頑張っちゃ…」
「――ーッ!!!」
 だがそれを遮ったのはコートにいた筈の菊丸で、凄い勢いで抱きついた所為では思わず声を上げよろめいた。
「ちょっ…菊丸、全速力でのハグはやめて」
「だってメチャクチャ心配したんだぞ!立海のヤツらに連れ去られたかと思ったら入院とか言うし!」
「そーっスよ!変なコトされなかったスかっ?先輩!」
「連れ去ったとか誤解を生む言い方しないでっあと桃城も!蓮二達がそんなコトする訳ないでしょ」
 加えて、桃城も腕を掴んでくるからは身動きが出来ないまま反論するしかない。
 あの試合後に風邪の悪化で倒れたは、立海の柳によって病院へ運ばれ、安静の為に入院することになった。
 とはいえ彼女が入院したのは翌日まで。昨日は念の為にと、医者や親の意向で休んでいたのだ。
 けれど青学の彼らにはが入院したという情報しか入ってこなかった為、どこの病院かも判らず皆が心配していた。
 しかも本人は意識が朦朧としていたから覚えてないとはいえ、確かに連れ去られるような別れ方をしたのだ。菊丸達が騒ぐのは無理もない。
 抱きついて離れようとしない菊丸達に堪り兼ねて、は近くの不二に助けを求めた。
「もっ……不二、助けて」
「無理」
「…へっ?」
 いつもなら真っ先に引き剥がしてくれる筈の不二は、笑顔でキッパリと言った。
「悪いけど、今回・僕は英二達の味方だから」
「え、何でそんな怒ってんの?」
 満面の笑みで隠しているが、不二の纏うオーラが若干黒かった。
 希望が絶たれ落ち込んでいると助け船を出してくれたのは、手塚の代理で部長として部員達に指示を出していた大石。
「英二、桃城!心配だったのは判るが、いい加減にしろ」
 朝練中だと、から離れるよう注意するが彼らは従おうとしない。
 こうなると実力行使で、大石が二人を引っ張るが抵抗される。すると苦しくなるのはだ。
 そんな彼らをハラハラしながら河村が心配しているという、端から見れば妙な光景の中を抜け出したのは隙をついただった。
「うわーんっ助けて海堂――!」
「えぇっ俺っスか!?」
 そして彼女が逃げ込んだ先は、彼らを気にしながらも練習を続けていた海堂。
「だ――っ!何で海堂んトコに逃げるんスか先輩!!」
を捕まえろよっ海堂!」
「いや……出来ないっスよ。つーか、病み上がりなんスから」
「そーだそーだ。海堂は菊丸達と違って優しいんだから」
 喚く菊丸達に反論してくれる海堂を盾にして隠れるは、ここぞとばかりに悪戯に舌を出す。
 だがそれで大人しく引いてくれる彼らではなかった。
「お前、先輩が頼ってくれるからっていい気になるなよマムシ…っ」
「…ひがんでんじゃねぇよ。逃げられてるクセに偉そうにすんな…っ」
「何でそこでケンカするんだよー桃、海堂。今はだろー」
「先輩は黙ってて下さい」
 後輩達の矛先が変わった所為で、このままでは菊丸に捕まると思ったらしいは、海堂の影に隠れながら乾へ振り返った。
「乾!何とかして」
「対価は?」
 打開策を求めた彼女に対して、それまで事の成り行きを眺めていた乾が平然と要求してきた。
 それによって全員の身動きが止まる。
「え…?それは、本気で?」
「勿論だ」
 いつもの能面のお陰でどこまでが本気か判らないが、冗談にも聞こえず。
「……一応訊くけど、例えば?」
 彼がどんな手段を使ってかは判らないが、レギュラー達に関わる色んな情報を持っていることは自他共に認めるところだ。そんな乾が自ら要求するなど珍しかった。
 それゆえ、逆に嫌な予感がするのだろう。乾と対峙するの周りで緊張が走る。
 そんなことも知らず、乾は平然と言ってのけた。
「そうだな…――スリーサイズでも教えて貰おうか」

 ……………!!!!!

 その場にいた全員が、雷にでも打たれたように固まる。
 真っ向から対峙するは殊更その打撃が強かったのだろう。青ざめたかと思うと、一気に駆け出した。
「助けてタカさーんっ!私・乾に狙われる!」
「ええぇっ?」
 は最終的に、一番安全な河村の許へと逃げ込んだ。
「心外だな。助けて貰うのに代償は付きものだろう」
「乾、よくそんなコト訊けるなー…」
「今のはセクハラじゃないか」
 大して傷ついてもいない乾に、菊丸は驚きながら大石は呆れながら呟く。
 そんな騒がしい先輩達を、越前は少し呆れて眺めていた。
 昨日までの静けさが嘘のようだった。それだけ、彼らがを心配していたということだが。
 わざとらしく明るく振る舞っているレギュラー達を見ていた時、騒ぎの中心にいると目が合った。
 少し身構えたが、そんな越前に彼女はただ穏やかに微笑んだ。それを見て僅かに驚く。
 は判っているのだ。彼らがどれだけ彼女を心配していたか。
 それを隠すように、に余計な気遣いをさせない為にわざと無駄に明るく接してくれていることを。彼女もそれを受け止めている。
 その時、の変化に気づいていたのは、越前だけだったのかもしれない。