雨の降り始めた、静かな会場で。 不穏を纏う達の前に、前触れもなく現れたのは忍足だった。 「…何だ、お前?」 沈黙を破るように訊いたのは、いつにも増して不機嫌な真田。 柳はいつもの表情のまま、その隣りで顔を硬くしたが無意識に忍足から視線を逸らしていた。 そんな彼女を眺めながら、忍足が真田の問いに答える。 「所謂、の幼馴染みや。ちょっと話があって来たんやけど、お取り込み中やった?」 「幼馴染みだと?」 「そうや。…ゆうても、小学上がる頃までやけど」 こちらへと歩み寄りながら、忍足は微かに笑って立ち止まる。 少し距離のある位置に立ち自分達を見る彼に、真田と柳が怪訝な表情を向けると、どこか納得したように。 「…そうか、アンタらがを変えた奴らか」 忍足の言葉に、真田と柳は顔を見合わせた。 の幼馴染みというからには、以前の彼女を知っているのだろう。それこそ、立海のメンバー達が出会うずっと前のを。 僅かに沈黙した後、柳がゆっくり振り向いて問う。 「何故、そう思う?」 「……まぁ、立ち聞きするつもりはなかったんやけど。聞こえてもうたからな、の声が」 言うとの顔が強張ったのが、忍足でも判った。 「それに昔のは、愛想笑いなんて出来るような性格やなかった」 「それは昔のだろう。転校を繰り返していたから、愛想笑いはそれで身に着いたのだろう」 「ほぉ…そないなコトまで知っとるんや」 皮肉めいて言う彼に、まるで庇うかのように柳がの少し前に出て冷静に答えた。 それを見た忍足は、僅かに微笑って今度は鋭い眼差しで柳達を見つめた。 「ちゅうコトは知ってんのかな、アンタら――昔、の弟が火事で死んだコトも」 抑揚のない言葉に、真田だけでなく柳も息を飲んで驚いていた。 それを見て忍足は本当の意味で、彼らがを支えていたんだと確信した。 半分は賭に近かった。いや、今のの状態で彼女の傍にいるのが青学ではなく、彼らである時点で確証はあったが。 そしてその時、忍足も柳達も気づいてはいなかった。 を捜し、不二と越前がその場に現れていたことに。 「お前、何を…」 「――」 僅かの怒りと動揺を滲ませた真田の言葉を遮ったのは、鋭い眼差しをした忍足。 その硬質な声に、がやっと顔を上げると彼は続けた。 「さっきの試合、変やったのは体調不良だけやないやろ」 きっぱりと告げれば、驚きはの目を見開かせ、動揺が彼女の表情を歪ませた。 「何言って…」 「幾ら後輩でも、あないパートナーを守るような保守的なテニス。お前らしくない」 普段の振る舞いに比べ、の本来のプレイスタイルは攻撃的で所謂、オールグランダーだ。 忍足の記憶では、幼い頃の彼女は弟の真斗と試合をしていたこともあり、彼の援護側に回っていたが子供のテニスだ。形式なんてあってないようなもの。 だから彼がの今のスタイルに確信を持ったのは、再会して彼女の公式戦を見てから。けれど、付き合いが長い者なら気づいていた筈だ。 例えば、ここにいる真田や柳達も―― そして先日、へ会いに行った時のことが裏づけとなり、忍足は重くなったような錯覚がある唇を開いた。 「――お前、越前と真斗を重ねてるんやろ」 まるで、世界が止まったかのような感覚だった。 そう感じたのはだけで、他の者達には驚きの沈黙だった。 そして離れた場所で聞いていた越前は、耳を疑った。 あの忍足という男は、何を言っているのだろうと。すぐには理解出来なかった。 だが同じように隣りで驚いていた筈の不二から、今はその気配はない。まるで納得したような雰囲気に、越前は視線をへ戻して理解してしまった。 「…違う……そんなんじゃ…」 酷く困惑して首を振る彼女が、心のどこかでそう思っていたことを肯定していた。 その時、が忍足の後方に越前と不二の姿を捉え、驚きの声を上げる余裕もなく硬直した。 気づいた柳達が振り向き、それに気づいた忍足が振り返る。 「……なんや、タイミング悪いな」 悪びれもなく、寧ろ面倒臭そうに忍足は息を吐いた。それに答えたのは笑みを浮かべた不二。 「不可抗力だよ。それと、あんまりを苛めないでくれないかな」 「俺は、事実を言ったまでや」 歩き出す不二の穏やかな牽制にも彼は意を介さず、当然のように吐き捨てた。 それに反射的について行きながら、盗み聞きしたということへの罪悪感か。越前は無意識に声をかけようとする。けれど―― 「……先ぱ…」 「―― 来ないでっ」 恐らく無意識なのだろう。は越前を拒絶するように叫んだ。 突然のことに周りの者達も驚いていたが、一番驚愕したのは彼女自身で、俯いたまま顔を上げることも出来ずに呟く。 「ゴメン……越前…」 今にも消えそうな声を残して、は真田の制止も聞かずその場から駆け出していた。 |