試合後に気分転換で行ったボーリングで、体力を消耗した後。
 竜崎先生から解散と告げられた青学メンバーは、疲れを引き摺るように各々の帰宅路に着こうとしていた。
 どこか満足げな大石の隣りを、疲れ切った顔で歩く菊丸の後ろにいた越前が不意に足を止める。
 振り返った視線の先に手塚や乾と話す不二を捉え、少し逡巡しながら歩き出した。
「――不二先輩」
 声に振り返れば、普段より機嫌の悪いような表情で見上げてくる越前に不二は笑顔で答える。
「何だい?越前」
「どうして、先輩の前であんなコトを言ったんスか?」
 越前の言葉で、その場にいた手塚や菊丸達の視線が彼に集中した。
 何のことを訊いているのか判らなくても、朝に出くわした立海との出来事だろうと大石を抜いた誰もが気づいたのは皆が気にかかっていたからだ。
 それと驚いたのが、不二に向ける越前の眼が真剣だったから。
 訊かれた当人は一度、笑みを深めて越前へ向き直ってから訊き返す。
「…あんなコトって?」
「とぼけないで下さいっス。何で、無関係みたいな言い方したんスか」
「もう関係が無いからだよ」
「だからって…」
 当たり前だとでも言うような不二に、越前は珍しく詰め寄ろうとした。それを宥めようと大石が彼の肩に手を置く。
 そんな越前を、相変わらず微笑んだままの不二が柔らかく訊き返した。
「どうしてそれで、越前が怒るの?」
 どこか楽しそうに感じる不二の問いに、越前はそこで自分が怒っているのだと気付く。
 なぜ怒っているのか、彼自身でもよく判らなかった。
 それでもただ、理由を捜すとしたらと越前は目を逸らして呟く。
先輩が…――傷ついた顔をしてた」
 あの、立海のレギュラー達と別れた後。
 彼女はいつもの表情を取り戻していたが、一度沈んだ表情を見てしまった越前には、無理に明るく振る舞っているような気がしてならなかった。
 普段は気にしていなかったことを意識してしまえば、それを振り払うことは困難だ。答えが判らなければ尚更。
 困惑している越前を眺めていた不二は、彼の言葉に溜め息を吐いた。
「そっか…」
 判っていたような呟きに顔を上げれば、自嘲するような表情の不二がいた。
 それが諦めなのか確信なのかは判らなかったが、越前には怪訝なことだった。そう――を背にして立海の連中と対峙していた時のように。
「……先輩は、先輩をどうしたんスか?」
 絞り出すような声音に、不二はゆっくりと視線だけ向ける。
「守りたいなら何で、傷つけるコト言うんスか?先輩のコト、一番よく知ってるの不二先輩じゃん。これじゃ、立海のヤツらの方がよっぽど…――っ」
 苛立ちを含みながら言う越前が顔を上げた時、息が止まった。
 自分を見ていた不二の顔が、余りに無表情だったからだ。
 その射抜くような双眸に、越前は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「……乾」
「何だ」
 そんな越前を知ってか否か、不二はその場を見守っていた乾に声をかける。
「柳君だっけ。彼だよね、前に僕が訊いた質問の答え」
 質問というより確認に近い問いに、乾は答えなかった。
 それを肯定と取ったらしい不二は越前、と呼びかけて彼へと振り返る。
「――君は、彼の言葉が本当にを救ったと思ってるの?」
「え…」
 真っ直ぐ向けられた視線と言葉に、越前は身動きが取れなかった。
 呆気に取られている内に不二は用があるからとその場を後にし、残された越前達はただ見送った。
「一体、どういう…」
 誰ともなく呟いた越前に、答えたのは背後にいた手塚。
「恐らく、不二は断ち切りたかったのだろう」
「断ち切る?何をっスか?」
「立海との縁だ」
 振り返って訊くと、彼ははっきりと言った。だから驚くしかなかった。
 それが容易く出来ることではないと、越前でも判ったからだ。
 と彼らの間には、まだ付き合いの浅いと言える自分から見ても判る程に他人が入り込めない絆がある。
 不二は、それを断ち切りたいというのだろうか。彼女を傷つけてまで――?
 内心で手塚の言葉に対して越前が疑念を続けていると、代わるように乾が尋ねた。
「越前。が傷付いていたと言っていたが、それがどういう事か判るか?」
「え?」
 試すような口振りに、それでも思考の回らない越前には気にする余裕もなく。
 見上げて困惑する彼に乾は、淡々としたいつもの口調で告げた。
「アイツが、まだ立海の選手――仲間でいたいと思っているからだろう」
「それってつまり……戻りたいってコト?」
「本人が自覚しているかは判らないがな」
 少し躊躇いがちで訊いたのは、動揺していた菊丸。それに断定は早いと乾が続けた。
 けれど、越前はその台詞ではっきりと納得した。
 きっとそれが不二の言いたかったことで、彼が不安に思っていたことなのだろう。傍にいるのに、の求めているモノになれないという――
 確信して、ふと先輩である手塚や乾へ振り返る。
 目で見てやっと気づいた自分と違い、彼らも不二のように判っていたのかもしれない。
 越前が見ているのに気づいたのか、手塚が一度彼を見下ろし視線を前に戻して告げる。
が抱えているモノはきっと、俺達が思うより深いだろう」
 その言葉は越前にはない発想だったが、否定は出来なかった。
 今の自分になら、今だからこそ受け入れられる。
 手塚がそれを把握していたのかは判らないが、彼は越前へと強い眼差しで告げた。
「それでも、知る事を恐れるなよ」