青学レギュラー達と離れていくの背中を。 その場に残っていた立海のメンバーは、無表情に見送っていた。 ――ただ一人、切原を除いて。 「…何だったんスか?さっきの」 不二の乱入から不機嫌な表情だった彼が、感情を剥き出しに呟く。 それに振り向いたのは丸井や桑原で、他の者は動かずに切原達の声を聴く。 「宣戦布告じゃねーの?」 興味なさそうに答えた丸井に、切原はますます顔を顰めた。 「…勝負を挑まれたんスか?」 「テニスの事ではないですよ、正確には」 今度は柳生が眼鏡を押し上げながら、天気予報を読むように答える。 だがそれは質問に対する回答ではなかったから、余計に切原の頭を混乱させた。 「はあ?じゃあ何で…」 「――あーハイハイ。試合前に興奮すんな、行くぞ」 けれど彼を遮ったのは桑原で、面倒だとばかりに切原の肩に腕を回して無理やり歩き出す。 当然、体勢を崩しながら先輩に弄ばれる後輩の切原は反論した。 「ちょっ…押さないで下さいっスよ!」 「さーて、どっかの試合でも見学に行くか」 「丸井先輩まで何なんスか!」 「では、私達は先へ行きますね」 「あぁ…」 抵抗する切原を強引に丸井が連れていく後ろで、柳生も真田へと伝えながらその場を去って行った。 残った真田や柳が切原達を黙って見送っている横で、仁王が呟く。 「ライバル出現、ってところか」 「俺は認めん」 「あー…まぁ、気に食わないトコもあるじゃろうが」 それに対して、真田は珍しく感情を含んで言い放った。 確かにさっきのは状況が悪かったのと彼の態度に、二人は苦笑するしかない。それでも仁王が気を取り直して振り向く。 「判ってんだろ。アイツは多分、を"知っている"」 いつもより冷静な声音の彼に真田と柳は沈黙で答えた。 勿論、青学の彼らが自分達のように彼女の過去を知っているだろうということではない。 恐らく少数ではあると思うが、の性質というモノを、特に不二は判っているのだろう。 そして、彼女が求めているモノも推測出来ているのだ。 「……厄介だな」 「柳…?」 呟いたのは柳だった。だが振り向いて見た真田と仁王の目には、彼が困っているようには見えなかった。 「何か気にかかるコトでも?」 それでも訊いた仁王に、柳は視線だけを寄越して。 「……少し、思い詰めているようだ」 「がか…?」 「何を根拠に?」 「少し痩せた、と言っただろう」 真田と仁王の質問に、事も無げに言った柳に再び二人は沈黙した。 その反応に当人はというと、少し怪訝気味だ。 「いや…それとが思い詰めている理由と、どういう繋がりが…」 「そうじゃ。確かに転校前より痩せたみてーだが、それは丸井に連れられてよく糖分摂取しとって太ってたのが戻っただけだろ!」 「何故、お前までそんな事を知っているっ!?」 対抗心からなのか、言い切る仁王に動揺する真田は更に声を高くして突っ込むしかなかった。 けれど更に不可解さを含んだ台詞を、柳が少し躊躇いがちに言う。 「いや、俺はの平均体重から推測して…」 「そんなの判るの、お前だけだ」 半目で冷静に言い返す仁王に、今回ばかりは同感だと頷く真田。 三人の間に今度は冷たい沈黙が落ちた。 「……まぁ、冗談はさておき」 気を取り直して話を戻そうとする柳に、今のは本気だっただろうと二人が内心で思ったのはいうまでもない。 「の右手に、擦り切れた痕があった」 そんな二人の心情を知ってか否か、柳は歩き出しながら呟いた。 つられるように後を追う真田がその言葉に顔を顰める。 ただ擦り切れていただけなら、転んで怪我をしただけかもしれない。しかし、には前例がある。 彼女が倒れるまでテニスを続けようとする姿を、三人共見たことがあるからだ。 それに加えて、のことを知悉している柳が言うのだから疑いようがなかった。 「なら、本当に…」 「アイツもテニスになると、周りが見えなくなるかんな」 危惧していた状況に、後ろを歩いていた仁王が余りに軽く言うものだから真田が睨む。 「何を呑気に言っている。また同じような事態になれば…」 「だからって俺達から出来るコトはない……柳に、する気がないからな」 諦めよりそれが当然だとでも言う仁王に、真田は驚くように気づいて溜め息を吐く。視線を向けた柳は、静かに微笑っているようだった。 「……そうだったな。俺より、に甘かったなお前は」 「お前には言われたくないな、弦一郎」 互いに皮肉合っているが、仁王はどっちも同じだと苦笑した。自分も立場で言えば柳に近いかもしれないと思ったが、それは否定した。 そんな時、柳がまた真剣な表情と声音で真田に問いかけた。 「弦一郎……お前は、疑問に思った事はないか?」 「何をだ」 脈絡のない質問に問い返すと、柳にしては珍しく間を溜めて口を開いた。 「アイツの、テニスに対する執着だ――強さに対してでもある。のアレはまるで…」 「――まるで、誰かの代わりをやってるようだ、か?」 彼の言葉を遮ったのは、立ち止まった仁王だった。 同じく立ち止まって振り返った二人を見据えて告げる。特に、柳を見つめながら。 「それが判ってて、止めなかったのは誰だよ」 「………」 責めるような言葉に、柳はただ真っ直ぐ受け止めているだけだった。 その姿に、仁王は肩を竦めて歩き出す。元々、責めてるつもりもなかったし答えも期待してなかった。寧ろ―― 「…ま、お前の気持ちも判るけどな」 通り過ぎ様に呟きながら、柳達を残して仁王はお先にと背中越しに手を振りながら去っていった。 仁王の言動を理解していない真田が、その後ろ姿を眺めながら首を傾げていると隣りの柳が少し躊躇って訊いた。 「……お前も、あの不二が要注意だと思うか?」 同じように仁王を見送っていた彼の問いに、振り向いた真田は訝しげに言う。 「アイツの言動からして、俺達を敵と認識してるのは確かだろう?それとも、お前は違うと言うのか?」 「の立場から考えれば、だが」 含みのある言い方に、真田は納得の行かない表情をしたが、柳はそれ以上答えなかった。 前方を向いたまま、珍しく険しい表情をしていた。 けれど、その心情を真田が窺い知ることは出来なかった。 |