離れた場所で、立海の連中とが仲睦ましく話すのを見ながら。
 青学組はその場から離れられず、ただ立ち尽くしていた。
 彼らに囲まれて話すは、本当に楽しそうに嬉しそうに笑っていた。
 それこそ青学では余り見ないような笑顔を、惜し気なく見せている。
 越前達はそれを、複雑な表情で見つめるしかなかった。
「嬉しそうだね、
「あんなにはしゃぐ、初めて見たー」
 誰に言う訳でもなく、不二が普段の笑顔を一寸も崩さずに、菊丸が意外とでもいうように呟く。
「久々の再会だからな。ずっと一緒にいた仲間だ、俺達とは深さが違うさ」
 二人に答えるかのように、陽射しに反射する黒縁眼鏡を押し上げながら乾が言う。
 それをただ静かに受け留めていたのは、手塚と不二。
 残りの者はただ、その言葉に困惑しながら呆然と達を眺めるしか出来なかった。
 ただ、越前は不機嫌そうに顔を歪ませていた。
 その瞳に憧憬にも似た、悔しさを含んで。
「…でもなんか、納得いかないっスよね」
 その思いを声音にも滲ませて呟けば、周りの視線が越前へ集中する。
 確かに再会を喜ぶ気持ちは判る。彼女にとって彼らが大きな存在だったのは、知ってはいたから。
 だからは、あんなに笑っていることも。
 頭では判っていてもやはり―――― 納得いかない。
「そうだね。じゃあ、僕らのお姫様を救出に向かう?」
「え…?」
 唐突に何を言い出すかと思えば、不二は振り向いて微笑むと急に歩き出した。
 その意図を悟った越前は、彼の後に続く。 
 向かったのは、今も立海のメンバーと話に花を咲かせているの許。それに慌てて他の者達も追う。
「――盛り上がってるところ、悪いけど」
 前触れもなく聞こえた不二の声に、が後ろを振り返った時には腕を引かれ、真田達から引き離されていた。
「ふ…不二っ?」
「……何だ貴様は?」
 彼女の前に立ちはだかるような不二に、邪魔するなとばかりに真田が静かに睨んだ。
 しかし不二は怯む様子もなく、お得意の爽やかな笑顔で言い放つ。
の彼氏だよ。」

 …………………………。

「「「ぇえええッ!!?」」」
 長い沈黙の後、と不二を挟んだ双方から叫び声が響いた。
「やっぱりそーだったのか不二ィ!?」
「何だと!? っ本当なのか!!? 何故・俺に黙ってそんな輩と…!!」
「うそだー!」
「違う違う違うッ!!」
 それぞれ好き勝手に喚き出す彼らに、は必死に否定した。
 騒ぎの発端である筈の不二は、彼女の前でニコニコと笑顔を絶やさないでいる。
「コラ不二…また一体何のつもりかしらぁ……っ」
 何とか周りを黙らせて、は不二の背後から彼だけに聞こえるような声と笑顔で問い質す。
 だがその声音と表情からは、今にも刺し殺さんばかりのオーラが放たれていることを、不二は背を向けたままでも手に取るように感じた。
「冗談だよ。ほんの挨拶代わり」
 降参でもするようなポーズで言うと、は大袈裟な溜め息を吐く。
「生憎、そんな冗談が通じないヤツもいるのよ…」
「…………」
 疲れるとばかりに頭を押さえる彼女は、仕方ないとでもいうような苦笑を浮かべる。
 それをまるで見たくなかったように顔を歪めて不二が見ていたのを、は気づいていない。
「それで、どういうつもりじゃ。お前」
 騒いではいなかった仁王が周囲の動揺が収まるのを見計らって、の前に立つ不二へ問う。
 それに同感だと、柳生が仁王の隣りで眼鏡を押し上げた。
「突然割り込んでくるなど不粋ですよ。私達は彼女と話しているのですから」
「そうもいかないよ。大事な仲間をみすみす敵に預けておく程、心が広くないものでね」
「何を言っている。は俺達と話しているんだ。それを止める権利が何処に在る?」
 向けられる高圧的な空気にも全く動じない不二に、真田が一歩前に出て威厳のある眼差しで言った。
 それでも彼は引かず、その穏やかだった表情に微かな鋭さを足す。
 を含めた他の者達は、まるで取り残されたように眺めるしかなかった。
「だからと言って、君達にを引き止める権利もないよ」
「…どういう意味だ?」
「判らないかい?前とはもう、違うって言ってるんだよ」
 僅かに当惑する真田だけでなく、不二は立海のメンバーを見据えて続ける。
 その言葉に彼の背後にいただけが、微かに身体を強張らせた。
「―― 彼女は、僕達の仲間だ」
 力強く、はっきりと告げられた言葉に真田達は息を呑む。
 その言葉に込められた意味を悟り、ただ不二を見つめ返していた。
 不二の後ろでその光景に首を傾げていた越前が、隣りのを見上げた時。
 彼女は、俯いた顔をはっきりと歪ませていた。
「……っ」
 それを見てしまった越前は、目を見開いて固まる。
 見られていることに気づいていないのか、の表情は辛そうだった。
 どうして彼女がそんな顔をしているのか、越前は必死に思考を巡らせる。
 それが先程の不二の言葉の所為だと判った時。
 越前は以前昼休みに呼び出され、不二が口にした言葉を思い出す。

 『けどもう、彼女は立海の生徒じゃない』

 あの時も今も、その言葉の真意が越前には判らなかった。
 だがそれがを傷つける言葉だということは、理解出来た。
「そういう訳だからは返して貰うよ。まさか、止めたりしないよね?」
 愕然にも近い思いでいた越前を、毅然とした不二の声が現実へと引き戻す。
 振り向けば、変わらずその背が目の前にあった。
「不二先…――!」
 彼にこれ以上言葉を続けさせるのは、を苦しめると思った越前は止めようとするが、唐突に手を掴まれる。
 驚いて振り返れば、手を掴むが俯いていた。
 辛うじて見えた唇をキツク、引き締めて。
先輩……」
 困惑を隠し切れずに呟けば、彼女は強く手を握り締めて顔を上げた。
 穏やかに、緩やかに微笑んで。
 目にした越前は、もう何も言えなかった。
 もしかすると不二は判っていたのかもしれない。いや、判っているんだ。
 それを言うことでが傷つくことを。判っていて敢えて、言っているんだ。
 すぐ後ろで彼女が辛そうにしていることも総て、判って――それでも、は微笑っている。
 越前はどうしようもない困惑と苛立ちで握り締めそうになる両手を堪え、ギリっと苦虫を潰したような顔だけに留める。
 その二人の様子を、静かに見ている者がいた。
 真田達の後方から感情を顔に出すことなく、隣りの越前に微笑んでいるをただ、柳は黙って見つめていた。
「じゃあ僕達は失礼するよ。行こうか、
 そう言っていつもの穏やかさを戻した不二は、振り返りながら越前とは反対の手を取る。
 彼に引っ張られるように歩き出したの手が、越前から離れていった。
「あっ、待て下さいっスよ先輩!」
 それを見て呆然と眺めているだけだった青学のメンバーが、慌てて二人の後を追う。
 立海はそれぞれの思いを隠しながら、通り過ぎて行く彼らを見送っていた。しかし不意に、
「――っ」
 柳が、珍しく声を上げてを呼び止める。
 それには足を止め、振り返ろうとはしなかった。
 だが、柳は気にせずの背を見つめる。
「……待っている」
 紡がれた短い言葉に、は弾かれたように振り返った。
 柳の表情は鋭く、けれど微かに笑っていた。
 それを見た彼女の胸に締めつけられるような感覚が走る。
 きっとそれは柳だから、だから判る言葉だったのだろう。
「…ったく。相変わらずじゃな、お前は」
 そんな二人に、特に柳へ対して呆れるように溜め息を吐いたのは仁王で。
 彼はへ向き直って同じように、力強く言った。
「ま、あんま無理はするな。
 微笑う彼と少し驚いているに、青学のメンバーは困惑するしかなかった。
 反対に立海側の彼らはただ、黙って見守るだけだった。
 真田達に彼らの言葉の意味は判らなくても、彼女に与えるモノは知っていたから。
「……敵わないなぁ」
 ふと零れるように呟いて。
 ゆっくりと顔を上げたは、今にも走り出したい衝動を抑えて。
 これ以上ないくらいな笑顔を柳達へ向けた。
「ありがと…」
 後ろからその姿を見ていた不二は、理解した。
 これまで感じていた不確かだった脅威が、今・目の前に在る。
 それは決して、自分が入り込めるようなモノではないのだ。
 他の者達も、困惑しながらでも確信したのだろう。

 と彼らとの、深い絆というモノを。





 †END†





初出 05/10/07
編集 09/01/24