空と夕凪との狭間に。










 よく晴れた関東大会、初日の朝。
 試合場所となる会場は選手や観客の緊張と興奮で、賑やかだった。
 その会場では男子部レギュラー達とコートへ向かっていた。
「試合って男子部の方が先、だっけ?」
 男子数人の中に女子一人という状況は、僅かに注目を浴びていたが、本人達は気にしていない。
 というより、気づいていないのだ。いつも一緒にいるから彼らは慣れてしまっていた。
 横に並んで歩きながら訊いたに、不二が微笑んで答える。
「うん。氷帝とだったよね?乾」
「あぁ」
「あそこか〜…ま。頑張ってね、皆」
 は対戦相手という氷帝の連中を思い出しながら、隣りの不二や前を歩く越前や桃城達へ向けて激励を送る。
 当然、それを受けたレギュラー達はそれぞれに返事を返した。
 その瞳に、力強い勝利への意気込みを宿して。
 彼らの決意を見届けては満足そうに笑った。反対に羨ましくも思いながら、疑問に思っていたことを訊く。
「そういえば、大石は?」
 姿の見えない副部長の所在を尋ねると、皆が一様に首を傾げた。
「珍しいね。大石が遅れるなんて」
「来ないって事はないだろうけど…」
 不思議そうな不二に、河村が心配そうに呟く。
 真面目な人間だから遅刻にしても、何か連絡があるだろうと彼らは一先ずそれを待つことにした。
 そして目的地へ向かおうと、公園のような造りの会場を歩いていた時。
「――
 呼ばれたが乾へ振り向けば、彼は前方に視線を向けていた。その視線を追って彼女も少し拓けた曲がり角へ視線を向ける。
 そこにいたのは立海大附属の、真田と柳だった。
 驚くように目を見開いた彼女は無意識に、立ち止まる。
 つられるように青学メンバーも立ち止まり、こちらを眺めている二人を見た。
「「「……………」」」
 両校はそのまま、黙って佇んでいた。
 ある者は不安げに顔を歪めて。ある者は愉しげな表情を浮かべて。
 距離を置いたまま見つめ合う青学と立海との間に風が吹き抜け、彼らの髪と衣服を揺らす。その時――
「あー!じゃん。ひっさしぶりー」
 突然、その場の雰囲気をブチ壊す明るい声が響いた。
 曲がり角の陰から現れたのは、チューインガムをいつも膨らませている赤髪の丸井。
「おーホントじゃ。だ」
「これはこれは…」
 その後からも仁王に柳生と、立海レギュラーの面々が姿を見せた。
 へ大きく手を振る丸井に、張っていた空気が一気に緩んで真田は脱力する。
「まったく…空気を読め、丸井」
「へ?何?どういうコト?」
 呆れる真田に言われ、首を傾げる丸井には苦笑するしかなかった。
 相変わらずだなと思いながら、彼女は顔を上げて深呼吸をしてから口を開く。
「――手塚。皆と先行ってて」
 真田達へ顔を向けたままの言葉に、横にいた手塚が何か言おうと振り向くが、は駆け出していた。
 その嬉しそうに緩んだ横顔を、手塚は見送るしか出来なかった。
 他の部員達が呼び止めるのも聞かず、彼女は立海の許へ駆けて行く。
「蓮二っ」
 柳の名前を呼ぶのと同時に。
 は彼の手前で地面を蹴って、勢いよく柳にとびついた。
「おっと…」
 少し驚きながらも、柳はとびついて来たを慣れたように上手く支えた。
 そして勢いを受け流すようにくるりと一回転した後、彼女をゆっくりと着地させる。
 まるでドラマでよくある恋人同士が再会を果たした時のような光景に、一同は思わず呆然と眺めた。
「突然とび付いて来るな、
「いいじゃない。スキンシップだって」
 呆れて溜め息をつく彼に、当のはどこ吹く風で無邪気に笑った。
 放心状態の青学メンバーを余所に、柳がふと気づいたように問う。
「……。少し、痩せたか?」
 思いがけない言葉に、はそうかな?と首を捻った。
「だからそれはセクハラだって。は元々、細っこいもんな〜」
「それこそセクハラではないですか?仁王君」
「いや…それ以前の問題じゃあ……」
 からかう仁王に、柳生と桑原がそれぞれにツっ込む。
 だが、横からに抱きつく丸井に遮られた。
「会いたかったぞーッ!」
「うっわあ」
「コラっ丸井!気易くに抱き付くな!!」
 そんな彼に怒っているのは、このメンバーを纏め上げる立海テニス部副部長・真田。
 いつも以上に険しい顔で、彼女にくっついたままの丸井を無理やり引き剥がす。
「えぇーイイじゃんかー!久々に会えたのにィ――」
「そういう問題では無い!」
 駄々を捏ねる彼に怒鳴る真田を、半ば呆れるように苦笑して眺める
 他のメンバーもいつものことだと、諦めたように肩を竦めていた。
 が立海にいた頃から見慣れた光景だ。
 それを思い出しながら、彼らの前に向き直っては顔を上げる。
「…ホント、皆。久し振り」
 普段の明るい笑顔でなく愉しさを含んだ笑みで言えば、立海のメンバーも応えるようにそれぞれが頷く。
 こうして実際に会うのは、ほぼ二ヶ月振りだ。お互いが本当に懐かしく感じる。
 その中で彼らの後方にいた切原が、好戦的な笑みでに話しかけた。
「レギュラージャージ着てるってことは、試合に出るんスよね?先輩」
「切原……アンタも相変わらずみたいね」
 そんな彼に、幼子を見るかのようには微笑む。
 何もかもが懐かしくて、瞼が熱い。
 そう思う反面、にはなぜかそれが淋しく思えた。