部活が終わった帰り道。
 私は菊丸や越前と一緒に、商店街を歩いていた。
「だいじょーぶ?
「つ、疲れた…」
 前の二人と違って、私の足取りは重かった。
 理由は、男子部での練習で竜崎先生にかなり扱かれたからだ。
 迫力もだけど、一体どこにあんな体力があるのか。……その変わり、私は先生の倍以上は動いてた訳だけど。
「まぁ仕方ないよ、お前・竜崎先生に気に入られてっから」
「そーかなー?」
 他人事だと気楽に言う菊丸に、少しだけムカついた。
 気に入られてるのは嬉しいけど、それと扱かれるのは別だ。鍛えてくれようとしてくれてるんだけど、何分疲れる。
 当然、普通に練習してても疲れるというのに、菊丸は元気なものだった。やっぱり体力からして違うのかな?
 一方で、越前も同じように疲れは見せてなかったけど、先輩がテンション高いのとは反対にマイペースな後輩だ。
 寧ろ、帰宅しようとしてたところを菊丸が無理やり引っ張られてたことに不機嫌らしい。
 でも越前の場合、引っ張ってでも連れて行かないといつの間にか居なくなってるから、私も気持ちはよく判る。
「…で、どっか寄ってくんスか?」
 未だ商店街を歩くままな私達に、越前が訊いてきた。
 それに私と菊丸が顔を見合わせる。このまま歩くだけもナンだし、疲れてお腹も空いてるからどこかに入るかと話してた時。
 後ろから明るい声に呼び止められた。
「――あれぇ?ちゃんじゃん」
 聞き慣れない呼び名に、振り返るとそこには白い制服姿の千石君がいた。
「久しぶり〜元気にしてた?」
「久し振りだね、千石君」
「アレー?2人とも知り合い?」
 気軽に手を振って来る彼に答えてると、不思議そうに菊丸が尋ねる。
「うん…まぁね」
 けれど私は出会った時のことを思い出して、顔を引き攣らせた。そういえば地面に倒れてた彼をそのままにして別れたんだっけ……。
 流石にそのことに罪悪感を覚えながらも、笑顔を浮かべて千石君に話しかける。
「えっと、君も部活帰り?」
「うん、まぁね。でも奇遇だなこんなトコで会えるなんて、またちゃんに会いたいと思ってたんだよ」
「そうなんだ…」
 相変わらず軽いノリの彼に、苦笑しながら少し後退る。
 人懐っこいのは良いけど、積極的なのはどう対応すれば良いのか困る。
「ねぇ、これからデートでもしない?」
「ちょっと待ったぁ!」
 困惑してる私には気づかず言い寄ってくる千石君に、反論したのは菊丸だった。
「俺達の目の前で、何平然とナンパしてくれちゃってんのっ?越前もボーっとしてないで何か言ってやりなよ!」
「えぇ?俺もっスか?」
 突然振られて驚く越前と、私の前で威嚇してる菊丸に私は苦笑するしかない。有り難いけど、頼りないなぁ。
 統一性のない私達に千石君も同じだったのか、苦笑しながら片手を上げて菊丸を宥める。
「まーまー、そんな怒らないでよ。じゃあさ皆で遊ばない?あそこにゲーセンがあるし」
 彼が指差す方角を追うと、商店街の一角に若者が集うゲームセンターがあった。その提案に私達はまた顔を合わせる。
 夕暮れにはまだ時間があるから、寄れないことはないと思う。
 だけどさっき話してたように、厳しい練習で小腹が空いてるのも確かだった。
 少し悩んでる様子に気づたのか、小首を傾げてる千石君に菊丸が告げる。
「その前に俺たち腹減ってんだよねー」
「なんだ、それなら近くにファーストフードあるし先に行こうよ。奢るよちゃん」
「 あ、じゃあ行く。」
「「えぇっ!!?」」
 にっこりと笑いかけてきた千石君に、私はあっさりと頷いた。その即答に驚いたのは菊丸と越前だ。
「そんなあっさりついていっちゃってイイの!」
「え、だって奢ってくれるって」
「ただし女の子だけねー」

 あ、やっぱりねー。

 何を焦ってるのか身を乗り出す菊丸に、またあっさりな私の隣りにいつの間にかいた千石君が笑顔で言い足した。まぁ女の子に優しいのは良いことだよ。露骨だけど。
 気づくと、この流れについていけてない越前が困ってるみたいだったから声をかけた。
「越前もお腹空いてるだろうから、行こうよ?越前のは私が奢ってあげる」
「マジっスか?じゃあ行くっス」
 それを聞いた彼は目を輝かせたように賛成した。可愛いなーもう。
 私達が既に行く気になってるのに対し、反論したのは菊丸だ。
「え〜!? じゃあ俺のは?」
「俺のを奢ってくれればイイじゃないかな」
「それじゃあ俺だけ自腹じゃん!」
 などと口喧嘩をしながら、私達はお腹を満たす為にファーストフード店へと足を運んだ。










 結局、私は千石君にバーガーを奢って貰い、私は越前に奢ってお店を後にした。
 そして今は話してた通りに、皆でゲームセンターへ来ている。
 ショッピングセンターにあるような大きな所じゃないけれど、古い物から新しい物まで目で見て判るほどに種類や数は豊富だった。
 お店に入って菊丸はすぐに、越前を連れて奥にあったレーシングゲームで勝負をしてる。男の子というのは元来、こういうゲームモノが好きだよね。
 残された私は辺りを見渡して、入り口付近にあるクレーンゲームをやってみることにした。
 狙いは奥にある猫のぬいぐるみ。
 と軽い気持ちでやってみたけど、やっぱり難しくて取れない。というかクレーンが緩いのかもしれない。

 あのゆる系の猫ぬいぐるみ、結構おっきいもんなー。

 悔しくてクレーンと睨めっこしながら考えてると、軽く肩を叩かれる。
「どれを狙ってるのー?ちゃん」
 振り向くと、千石君がゲーム機を覗き込んでたから私は指を差し出した。
「アレだよ、奥にあるゆるーいカンジの猫のぬいぐるみ」
「ちょっと待ってて。取ってあげるよ」
 言って千石君は制服のポケットから硬貨を取り出して、投入口に入れた。
 それから彼は迷いなくボタンを操作して、あっという間に目的のぬいぐるみをゲットした。
「はい、どうぞ」
「すっごーい。よく簡単に取れるね」
 取って貰ったぬいぐるみを抱えて感嘆すると、千石君は少し自信有り気に答える。
「コツがあるんだ。埋まってるモノじゃないから、簡単な方だったし」
「へぇー。慣れてるってコトは、結構来たりしてるんだ」
「まぁね、お望みとあれば他にも取ってあげるよ」
 好青年のように訊いてくる彼に苦笑しながら、私は思いついた。
「あ、でも自分で取ってみたいからコツを教えてよ」
「勿論、教えてあげるよ」
 快く引き受けてくれた千石君に教わって、今度はストラップタイプのぬいぐるみを取るのに挑戦した。
 数が多くて小さい分、取り易い筈なのに別のモノが引っ掛かって目当てのモノが取れない。可愛いパンダが取れない!
 またぬいぐるみ達と睨めっこしてる内に、レースを終えた菊丸と越前が戻ってきた。
「おかえり、どうだった?勝負の方は」
「俺の圧勝だよーん」
「何言ってんスか、5回やって1勝多いだけじゃないっスか」
「でも勝ちは勝ちだもーん」
 勝者だと喜ぶ菊丸に、越前は納得いなかいとばかりに不貞腐れていた。どんな時でも負けず嫌いな人達だなぁ。
「ところで、は何やってたの?」
「コレ。なかなか取れなくてさー。千石君に教わったんだけど」
「その猫の人形は?」
「千石君に取って貰っちゃった」
 越前の質問に、ぬいぐるみを抱き締めて答えた。これが丁度イイ大きさでふわふわで気持ち良いんだ。
 私が嬉しそうにしてる横で、千石君は誇らしげな表情をしてた。それが何か闘争心に火を点けたのか、菊丸が自分もやるとクレーンゲームに向かった。
 それを挑戦と受け取ったのか、千石君も一緒になってゲームに参加する。
「……先輩、コレ」
 暫らく二人の様子を眺めていたら、隣りにきた越前が手を差し出してきた。
 見るといつの間に取ったのか、私が持ってるぬいぐるみと同じ種類の小さなストラップを持っていた。
「…貰ってイイの?」
「やったら偶然取れて……好きなんスよね?こーいうの」
 素っ気なく振る舞いながらも、彼は少し照れながら渡してきた。
 そんな越前に私は受け取ったストラップを握り締めて、越前に抱きついた。
「ありがとー越前!」
「わっちょっ…!!」
「あーっ越前ズルイってー!」
 けれど、バッチリ見られていた菊丸に引きは放されることになるのだった。