昼休みに私は、校舎の廊下を歩いていた。
 足取りが重いのは大量のノートやプリントを持ってるから。

 運が無いなー。

 たまたま職員室の前を歩いてたのが悪かったのか。
 担任の教師に呼び止められ、荷物運びという雑用を押しつけられたのだ。
 内心で文句を呟いてるのは荷物が余りに重いから。女の子が運べる量じゃない。
 勿論、反論はしたんだけど担任は仕事があるという上に部活やってるんだから体力はあるだろう、という理由で押しつけられたのだった。

 確かに普通の子より体力はあるかもしれないけど。
 それと腕力は別ですよ先生!

 断ろうとも思ったけど、優等生として過ごしてる自分は目上の人には従うようにしてたから、渋々と受けてしまった。
 それにしても重い、と一度立ち止まる。
 教室までの距離を思うと憂鬱なんだけど、その前に階段という難関が待っていた。

 って、大袈裟でしょ。

 苦笑して自分にツッコミながら気を入れ直して顔を上げた時、声をかけられる。
「――大丈夫かい?」
 横から心配そうに覗き込んできたのは、タカさんだった。
「重そうだね。代わってあげるよ」
「ホントっ?助かるーありがとうタカさん」
 手助けを申し出てくれた彼は、荷物の全部を持ってくれた。それも軽々と。
「で、どこまで運ぶの?」
「私のクラス。担任に掴まっちゃってさ、もう少しで手が痺れちゃうトコだったよ」
 怒る仕草を見せる私に、横に並んで歩く彼は苦笑気味に笑う。
「確かに、女の子にはちょっと重いよね」
「でしょー。でも、流石タカさん。鍛えてるだけはあるね」
 苦もなく大量の荷物を運ぶタカさんに、尊敬も込めて言うと彼は不思議そうな顔をした。それに私も首を傾げながら告げる。
「鍛えてるんでしょ?初めて見た時とは体格が違うもの」
「あぁ…判るかな?もうすぐ関東大会だし、足でまといになりたくないからね」
 それを聞いた私は、少し目を見開いてから苦笑した。
 テニス部は次の試合である関東大会まで、一週間をきっている。男子部のレギュラー達も個々の練習に力を入れてるようだった。
 また不思議そうにするタカさんに振り向いて微笑む。
「大丈夫だよ、タカさんも皆も強いもの。勝てるよ」
「…そうだね」
 私の言葉に、少し驚いた彼はそれでも笑って頷いてくれた。
 青学には一筋縄ではいかないメンバーが揃ってるんだ。そう簡単に負ける筈がないのは、私じゃなくても思うことだと思う。
 二人でそんな話をしながら階段を上がり、三年の教室がある廊下へ出ると、前方に長身の男子生徒を見つけた。
「あ、手塚だ」
「ホントだ。オーイ手塚ー」
 タカさんの呟きに私も手塚を視界に捉え、大きく手を振る。
 何か捜してるのか、周囲を見渡してた手塚は私達に気づくとゆっくり歩いてきた。
「元気?手塚」
「あぁ」
 目の前で互いに止まって向けた挨拶に、彼の返事はいつも通り。無感情だった。
 それが不服だった私は少し怒った表情の後、手塚の眉間を人差し指で突いた。
「えいっ!」
 途端に、周りの喧騒が止んだ気がした。
 隣りのタカさんは驚いて固まってるし、当の手塚は突然の行動に微動だにせず沈黙してる。
「…………何をする」
「だって、元気?って訊いてるのにちっとも覇気がなーい!もっと明るく返事してよ」
「あはは…」
 突いてた手を掴んで低く訊いてくる手塚に怯むどころか、ご立腹な私にタカさんは空笑いするしかなかったようだ。
 大体、手塚は表情が堅過ぎると常に思ってたことだ。
 まぁそれを言ったら、立海の連中(特に真田)も同じようなものではあるけれど。
 文句じゃないけど要望というかそんなことを思ってると、手塚は掴んだままだった私の右手をジッと見つめていた。
「何?」
「…いや」
 尋ねると、手塚は視線を逸らしただけで手を放した。
 それに首を傾げてると、タカさんが思い出したように訊く。
「そう言えば手塚、さっき誰か捜してなかったかい?」
「あぁ、乾を見なかったか?」
「乾?――乾なら、不二とどこかへ行ったみたいだけど…」
 私が話してた時、後ろからバタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。
 その音は明らかにこちらへ向かっていて、嫌な予感がして振り向きかけた時。その予感は的中した。
みーっけ!」
「わあっ」
 私目掛けて走ってきた菊丸が、とび付いてきたものだから思わず体勢を崩してしまった。
 だけど前にいた手塚が支えてくれたから、転ぶのは何とか免れる。
「っ…ありがと手塚」
「いや…――重くないか?」
「重いデス…」
 手塚が支えてくれてるとはいえ、とび付いてきた菊丸はまだ私に伸しかかってた。
「菊丸。退いてやれ」
「えーっ?だって、教室戻ったら不二もいないし寂しかったんだぞー」

 どういう理屈だ。

 多分、他の二人もそう思ったのと私は早く退いて欲しいと思ってると、唐突に菊丸が後ろへと引かれた。
「いい加減にしろ英二。困ってるだろ」
「大石っ」
 菊丸の襟首を掴んで現れたのは大石。注意する彼に、菊丸は子供のようにタダを捏ねてる。
、こんな所にいたのか。捜したぞ」
「え、私?」
 意外な言葉に、私は少し驚いた。
 その横では怒られていじけてる菊丸をタカさんが慰めている。
「あぁ、竜崎先生からの伝言で放課後、男子部に来いってさ」
「男子部に?」
「それから、越前知らないか?遅れるなって同じような伝言を先生に頼まれたんだけど」
「…俺も同じような事を乾に伝えるよう、先生に頼まれたんだが」

 ……ちょっと待って。

 二人の話を聞いて何だか身に覚えのある面子に、私は激しく悪い予感がした。