昼休みに越前が呼び出され、向かった先はテニス部の部室。 そこで広がる光景に、彼は暫らく言葉が出てこなかった。 「なんスか?コレ…」 呼び出した人物――不二と乾の間にある長机には、沢山の写真が広げられていた。 「乾が撮った写真だよ。気に入ったのがあれば、越前も貰うといいよ」 「え…?」 椅子に座る不二に当惑しながら、目前の写真へ視線を向ける。 それは部活風景や休み時間に戯れる部員達が写っていた。 だがその大半が、先輩ので占められている。まるでアイドル写真のようだった。 半ば呆れて眺めていると、その中に先日氷帝学園へ偵察に行った時の写真を見つけて越前は驚く。 「いつ撮ったんスか?こんなの……しかも妙にアップだし…」 自分の記憶では、乾がカメラを持っていたところなんて見た憶えがない。 「越前。現代にはデジタルカメラという、文明の利器が存在するんだよ」 「 いや、答えになってないっス。」 淡々とした乾に、それ以上何も言えなかった。 隣りの不二はというと何もなかったように、写真を物色している。 もしかして自分の知らないところで彼らはいつもこんなことをしているのかと、越前は脱力していた。 その時、不意に目に入った一枚の写真。 青いコートの中で、無邪気に笑うあの時のがそこに写っていた。 無意識で手に取れば気づいた不二が話しかけてくる。 「ソレ・僕も気に入ってるんだ。可愛いよね、アングルも最高だし」 「あぁ、我ながら上手く撮れたと思うよ」 「そうだね……でも、君達と氷帝の連中は生でその笑顔を見たんだよね?ホーント、羨ましくて仕方ないよ」 「「……………」」 顔は笑顔のものの彼が放つ陰湿な空気に圧され下手なことも言えず、二人は押し黙るしかなかった。 「……それで、用事って何スか?」 話を変えようと越前は呼び出された理由を訊くことにした。 だが本人達は顔を見合わせ、不二が苦笑気味に答える。 「だからコレだよ。越前にもお裾分けしようかと思って…」 「は?」 不二が写真を指差す意味が判らず首を傾げると、今度は乾が持っていた写真を指差す。 「それはお前にやろう。他にも好きな物を選ぶといい」 呆然としながら聞いていた越前は、そこでやっと意味が判り呆れて息を吐く。 「別にイイっスよ…」 確かにあの時、の笑顔を焼き付けておきたいと思ったが、本当に写真で持っておきたいと思った訳ではない。 それに自分の写真でも欲しがるような性格ではない越前に、受け取る意思は起こらなかった。……彼の愛猫・カルピンの写真となれば、話は別だが。 持っていた写真を机に置くと、乾がその写真を取ってなぜか残念そうに呟く。 「そうか、それは残念だな。お前の為を思ってこの写真だけは不二と越前の二人分しか現像しないつもりでいたが、それでは不公平だな。やはり男子部員分現像して、皆にあげる事にしよう。こんなレアなの写真をオフレコにするのは勿体無いからな」 あからさまに試すような台詞に、越前の動きが固まる。 認めたくはないが、それを聞いて無性にその写真を他人に見られたくないと思ったのは確かだった。 負けたくはないのだが、乾が彼の真正面から更に追い討ちをかける。 「そうなると部員以外も欲しくなるだろうな。はあれで結構モテる。それに世間には色んな奴がいるから、物一つで妄想を膨らませたりと使い道は様々だ」 後半辺りはもう越前の理解を超えるものだったが、良からぬことだというのは想像出来た。不二は笑顔のまま傍観者に徹している。 そして、冷汗を感じている彼を真っ直ぐ見据え、乾が一言。 「で、どうする?越前」 「……………やっぱ、貰っときます…」 渋々両手を差し出せば、なぜか乾は満足そうな笑顔で手渡す。何か弱みを握られたようでバツが悪い気分だった。 顔を上げられず、俯くように受け取った写真に視線を落とす。 それを見ながら越前はふと、呟くように言った。 「――立海って、どんなヤツらなんスか?」 越前の呟きに二人は驚きながら顔を見合わせて、口を開いた。 「強いよ、とても」 「あぁ。これまで、公式戦は無敗続きだからな」 「それは判るっスけど……そうじゃなくて」 彼らの答えに、越前は顔を上げて否定する。 がいた学校なら当然強いのだろうと納得がいく。でなければ、彼女は強くなれなかっただろう。 けれど、そういうことではなく。 「その…先輩にとって、何なんスか?」 自分でも不思議な程、その時の表情は不安げだったと思う。 ――あの、氷帝へ行った日。 跡部に立海のことを悪く言われ、が怒っていたことに越前は本当に驚いた。 どんなことにも滅多に動じない彼女が、彼らを中傷されただけで表情を変えたのだ。 それ程、にとって立海がどんな存在だったのか、気にかかるのは当然だった。 だがそれを不二達に訊いたところで、確かな解答が得られる筈がないのは越前も判っていた。彼らだってそれが知りたいだろうから。 それでも、言わずにはいられなかった。 自分と比べ彼女といる時間が長い彼らなら、何か知っているかもしれないと微かな希望と悔しさをもって。 越前の問いで二人の空気が微かに変化したことに、不安が膨らむ。 なぜか判らないが妙な緊張が走った。 僅かな沈黙の後、表情を硬くした不二が呟く。 「総て、だろうね」 ――スベテ―― その言葉が酷く遠いモノに思えて、越前は顔を歪めた。 言った本人も余り認めたくはないのだろう。その声は感情に欠けて、越前にも顔を向けてはいなかった。 「…その言葉は曖昧過ぎるがな。にとって、彼らが大きな存在である事は間違いない」 乾がその事実を、確固たるモノにするかのように続ける。 「恐らく彼らは初めて出来た仲間といったところだ。転校を繰り返し、全く友人を作らなかったが二年を共にし、一緒にテニスをしていた奴らだ。を理解しているのはきっと、今でも立海の連中だろう」 淡々と紡がれる言葉が、越前には突き刺さるように聞こえた。 考えてもみなかったことだった。 が前にいた学校のことなんて、氷帝でのことがあるまでは。 況してや、それ以前の彼女がどうだったかなんて。 あの日に聞いたの過去も気になっていたが、彼にはその立海のことを考えるだけで手一杯だった。 今の彼女のことでさえ、判らないでいるというのに。 心中で葛藤するように黙っていると不二が呟く。 「けどもう、彼女は立海の生徒じゃない」 それは普段に比べて酷く冷たく感じて、越前にはなぜ彼がわざわざそんなことを言うのかが判らなかった。 どういう意味か訊こうとしたが、不二が椅子から立ち上がったから出ばなを挫かれる。 「……例え大きな存在で理解してると言っても、全員って訳じゃないよね」 背を向けたまま、不二は入り口の方を見て言った。 その声にはいつもの穏やかさが少し戻っていて、彼は振り返りながら問う。 「乾、君なら知ってるんでしょ。が最も信頼している人物」 見開かれた蒼の双眸が、越前の隣りに立つ乾を捉える。 笑みを含む視線に向けられている乾の瞳は分厚い眼鏡に阻まれ、越前が窺い知ることは出来なかった。 「それを聞いてどうする?」 動揺した様子もなく聞き返す乾に、不二は意を介さず悪戯に微笑む。 「別に。どうもしないよ……でも珍しいね、庇うんだ?」 「…本人が言っていない事を、単なる推測で言う訳にもいかないだろう」 「それもそうだね」 彼の答えに満足したのか、諦めたのか。感情を隠すことに長けた笑顔のまま、部室を出ようとする不二を呼び止めようとするが。 「不二先ぱ…」 「――越前」 開いたドアノブに手をかけたまま、不二が振り返る。 その顔は外界から射し込む陽射しの所為でよく見えなかったが、微笑っていたのは確かで。 整った唇が、綺麗な弧を描く。 「あんまりのんびりしてると、僕が貰っていくよ」 それは妙に諭すようで、滑らかに紡がれた。 意味を理解出来ないまま越前が首を傾げている間に、不二は扉の向こうへと消えていった。 「……どういう意味なんスか?」 「宣戦布告だろう。不二にしては、珍しく焦っているな…」 思わず訊いた越前に、考える間もなく乾は答える。 けれどやはり判らないという顔をしていると、乾が彼に向き直って言う。 「お前から見れば不二の方がと親しく思えるのだろうが、不二にとっても同じという事だ」 答えになってない気がしたが、彼の言った内容も越前には理解出来なかった。 「どこがっスか?俺なんて、ただの後輩にしか思われてないっスよ。あれは…」 例え仲が良くても年下扱いな以上、そこで不二に負けていると思えた。 "気に入られている"では駄目なのだ。"対等"でなければ話にならない。 僅かに俯く越前に気づいているのか否か。乾は不二が去った扉を見つめながら、口を開く。 「そうだな。俺にも、のお前に対する態度は後輩どころか、まるで弟のような接し方に見えるな」 判っていることを言われ、越前は顔を顰める。 判ってはいたが、気づかずにいた。 不確かだったモノが今、目の前に鮮明に浮かび上がったようだった。 「越前」 そして黙っていた顔を上げれば、乾に強く問われる。 「お前は、それでいいのか?」 †END† 初出 05/06/18 編集 08/11/21 |