目の前で落ち込む跡部に、は内心で笑っていた。
 前に会った時も今日会った時も嫌な奴だと思ったし、彼に向けた台詞も本心からだ。
 けれど本当の悪人ではない限り、が本気で他人を嫌うことはない。
 その辺の見分け方には自信があった。彼女の環境上、人と(特に目上の人間と)関わることが多かったからだ。
 だけどやはり立海を悪く言われたことが許せなかったのか、は跡部と目を合わさず顔を背けたままだ。当分の間は彼を許さないだろう。
 そんな時、観客スタンドに向けていたの視界にとび込んできたのは、見憶えのある茶髪の少年。
「――っ!」
 叫ぶように現れたのは、先程がメールで増援を求めた不二だった。

 あ…忘れてた……。

 呼吸も髪も乱れているところを見ると、相当急いで来たのだろう。
 それでも彼は持ち前の端正な顔立ちを崩すことなく、一目散にの許へ駆け寄った。
「大丈夫だったっ?
 不二は目前で立ち止まって言うのと同時に、ガバッと抱き締めてきた。当然、氷帝メンバーは驚いて目を見開く。
「急にあんなメールが来たから……携帯に何度もかけたんだよ?なのに全然出ないから心配で…」
「あー…ゴメン不二。もう平気だから」
 悲痛さえ感じる声には連絡を返さなかったことが申し訳なくて、不二の背中を宥めるようにポンポンと叩いた。
 それで収まると思っていたが、不二が解放することはなく、今度は両肩を強く掴まれる。
「ホントにっ?乾に変なことされてないよね?まさか恥ずかしい格好で被写体やらされたり、妙に大人びた店に連れて行かれたりしてないよね!?」
「大丈夫!何もされてないから、ね?離れて、お願い…」
 顔を近づけて今度は違う意味で焦燥する彼を、何とか押さえて必死に離そうとする。
 そんなに、乾が珍しく不安げに尋ねた。
「…一体どんな内容のメールを送ったんだ?お前は」
「安心して。不二は自分に有益な人間を消したりしなから!」
「フォローになってないっスよ、ソレ…」
 それにはとびっきりの笑顔で誤魔化した。なぜか普段以上に不機嫌な顔をしている越前にツっ込まれたが、事実なのだから仕方ない。
 不二が乾から様々な情報を提供して貰っているのは、周知の事実だった。
「けど、よくここが判ったっスね」
 未だにを放さない不二に、越前が訊くと彼は当たり前のように振り向いた。
「当然だよ。の為だったら、僕は海だって越えられるよ」
「うわ・逃げ場ナシ?」
「そんなに喜んで貰えると嬉しいよ」
「 早く放して。」
 項垂れるに気づいてないかのように、我が道を独走する不二に呆れながら解放を請うが、耳には入っていないようだった。
 その時、今まで呆気にとられ眺めているだけだった氷帝メンバーの宍戸が、呆れたように前へ出てきて助け舟を出してくれた。
「…止めてやれよ。嫌がってんだろ」
 少し驚きながらも止めてくれた彼に、は心から感謝した。
 だがそれであっさり引いてくれる不二ではないことを、改めて実感させられる。
「部外者は口を出さないでくれる?それとも、羨ましいのかい?」
「な……!」
 まるで宍戸から護るように、彼女を引き寄せて不敵に微笑んで言い放った。
 まさかそんなことを言われると思っていなかった宍戸は、少し顔を赤らめて怒りを見せる。
 流石に我慢出来なくなったが非難しようと口を開きかけた時、左肩に激痛が走った。
「痛っ…」
 顔を歪めて肩を押さえる彼女に、不二は慌てて身体を放した。
「ゴメンっそんなに痛かった?」
「ううん、ちょっと古傷が…」
「古傷?」
 申し訳なさそうに心配してくれる不二に、苦笑しながらは答えた。
 見ると越前や、関係ない氷帝メンバーの一部も心配そうに眺めている。それが妙に可笑しかった。
「うん……左肩に小さい頃火事で負った火傷があるの。もう随分前だし、利き腕の方じゃないからテニスには大した支障はないんだけど、物が当たったり過度にやり過ぎると、たまにね」
 笑顔で話すと、不二達はやはり驚いたように黙っていた。
 それだけならまだいいが、視界の端で乾が明らかに何かをメモっていたのは気のせいだと思いたかった。
 ふと越前に目を向けると、どこか不安そうにを見上げて躊躇いがちに尋ねる。
「先輩、火事って…?」
「あぁ…昔ね、住んでた家が火事になったの。その時に……」
 余り訊くべきことではないと思いながら訊いた質問に、は気を悪くした様子もなく答えた。
 けれどその表情は苦笑い気味で、その笑顔に彼らは少なからず胸を痛める。その時――
 突然、忍足がの腕を掴んだのだった。