笑顔を絶やさない少女は、悠然とした立ち振る舞いで名乗った。
 休日の学校で、レギュラーのみで練習していたところに突然現れて。
 まるでその場の主導権を一気に浚っていくようなを、跡部は愉しそうに眺めていた。

 面白い女だ…。

 久し振りに興味を惹かれる女子に、跡部は改めて彼女を観察する。
 風に靡く長い黒髪に利発的な顔立ちは人目を惹くが、何より気の強い態度が彼の気に入った理由だった。よく言えば、跡部好みのタイプだということ。
 それと同時に、跡部には引っかかることがあった。
 暫らく続いた沈黙を破ったのは、跡部と同様に挑戦的な笑みで呟いた忍足。
「そら、頼もしいことやなぁ」
「あー信じてないなあ?言っとくけど、Jr選抜にも選ばれてるんだから」
 本心からの言葉だったのだろうが、は不満そうに言い返す。
 彼女を見つめながら跡部が珍しく自信なさ気に呟いた。
「………お前、どっかで会ってねぇか?」
 今度は跡部に視線が集まる。だが周囲は気にも留めず見つめる彼に、は怪訝な表情で首を傾げていた。
「跡部ーそのナンパは古いって」
「そんなんじゃねぇよ。お前、前に俺と会ってるだろ?」
 呆れながら揶揄してくる向日に返して、跡部は頭の中で記憶を辿りながら続けた。
 確かに、彼女の顔には見憶えがあった。
 けれど当のは考える素振りも見せず、先程よりも平坦な声で答える。
「私は君なんて知らないけど」
 だがその言葉も耳に入っていないのか、跡部は本格的に思い出そうと黙り込む。
 それと同様に、なぜか一緒になって考え込んでいた忍足が不意に呟いた。
「あ…思い出したわ。確か、跡部が立海の女子にちょっかい出しよった時に、止めに入ってきた嬢ちゃんやん」
「……?何の話?」
 自分に向けられた言葉にが眉を顰めて訊くと、忍足のお陰でやっと思い出した跡部が顔を上げて彼女に向き直った。
「そうか。間違いねぇ、お前あの時真田達と一緒にいた女だろ。青学に転校してやがったのか」
「…って、言ってるっスけど?」
 確信をもって言うと、の横にいた越前が不安げに尋ねる。
 そこで彼女はやっと思い出そうと腕を組んで俯いた。
 遅せぇんだよと思いながら跡部が眺めていると、は弾かれたように顔を上げて彼を指差す。
「あ――っ思い出した!確か女子部の子らに絡んでたのを止めようとしたら、今度は私に絡んできて真田達に止められたあの時のナルシスト!」
「なっ…!」
 大方内容は合っていたが、予想外どころか心外な台詞に一瞬、言葉に詰まってしまった。
「誰がナルシストだっ!あれは向こうが俺にぶつかってきやがったから」
「でも結局はしつこくあの子に言い寄ってたじゃない。君みたいのは自信過剰って言うのっ」
 身を乗り出して反論する跡部に、彼女は少し怒ったように返してきた。

 一年程前、あれは全国大会でのこと。
 確かにフザけて歩いていた立海の女子達の一人が、忍足と通りかかった跡部に誤ってぶつかってしまったことがあった。
 その女子にぶつかってきたのだから詫びの一つでもしろと、跡部は催促した。それが当然で自分の誘いを断る筈がないというのが彼の考えだったが、他人からすればそれは単なる思い込みだ。
 逃げようとする彼女達を呼び止めていた時、が現れた。
 そして今のように、自分に鋭い瞳を向けてくる彼女が気に入り口説こうとしたのだが。
 は立海レギュラーの真田達が止めに現れると、まるで自分の存在はなかったかのように跡部に背を向けて行ってしまったのだ。

 はっきりと思い出した跡部は、今更ながら怒りを憶えてを睨んだ。
「何だとテメェ…この俺が誘ってやったのに、あん時は無視して奴らとさっさと帰りやがって。あんなお固くて面白くもなさそうな老け顔の奴らのどこがいいんだ?」
 余裕をなくしてしまっている跡部に、目前のは珍しく怒りを含んだ声で彼を見据える。
 その瞳には、これまでで一番鋭い光が宿っていた。
「何も知らないくせに、真田達を悪く言わないで欲しいわね」
「ハッ。俺様より奴らの方がいいって言うのかよ?」
 不穏な空気が漂う中、跡部は女に負ける訳にはいかないと強気に出る。
「当たり前よ。アンタなんかより、真田達の方が数百倍マシ!」
「!!!?」
 だが吐き捨てられたの言葉が余程ショックだったのか、跡部はこれ以上ない程に落ち込んでその場に跪いた。
 何しろ、自分が老け顔と言った奴らに負けたのだ。
「あの跡部をヘコませよった…」
「なんて恐ろしいヤツ……っ」
 氷帝メンバーが戸惑うように驚いていたが、跡部に気づく余裕は残っていなかった。
 そんな彼の前で腕を組むに先程までの毅然とした態度はなく、子供のように不機嫌な顔でそっぽを向いていた。