唐突に手を引かれ、越前がに連れられたのはテニスコートだった。
 氷帝学園のテニスコートは、周囲にコートを一望出来る観客スタンドやナイター設備と、部活の域にしては充実した設備になっていた。
 それにも驚いたが、と共に下りたコート内は一面の青で統一されていた。
「見て!越前、全部青いっ」
 恐らくそこに心惹かれたのだろう。
 コートの敷地内へ着くと手を放した彼女は、はしゃぐように周囲を見渡しながら越前へ振り返ってびっきりの笑顔で微笑む。
「まるで、空の中にいるみたい」
 その長い髪を揺らして身体全体で伝えようとするが、余りに無邪気で画になっていたものだから、越前は身動きが取れず見入ってしまった。
 まるで、このまま目に焼き付けておきたいと思う程に――。
 だけどそれを他の者達も見ていたのを、追いかけてきた鳳達や既にコート内にいた者の存在で越前はやっと気づく。
「――誰だ?お前は」
 惚けていた思考を戻すように、の背後からコートにいた者が声をかけてきた。
 特徴的な泣きボクロと口調や顔立ちからも強気な性格が滲み出ている彼に、越前は見憶えがあった。
「スミマセン跡部部長!実はこの人達が、ウチを偵察に来たようだったんで…」
 そこで鳳が慌てたように越前達の許へ駆け寄ると、跡部と呼ばれる青年は訝しげな表情をして、再び目前の乾らに向き直る。
「あぁ?……なんだ、誰かと思えば青学の乾に生意気な1年じゃねぇか。こんな休日に練習もせず、呑気にスパイごっこか?」
「ま、そんなところだ」
「フン」
 皮肉を含んで言う跡部に、乾は気に留めた素振りもなく軽く流す。
 それが気に食わないという様子ではなかったが、跡部は気取ったように鼻を鳴らした。
 どうにも高圧的な彼の態度に、越前が顔を顰めて眺めていると跡部の視線が隣りにいるに止まっていた。
 見るとは、社交的な笑みを浮かべているだけだった。
 本当はすぐにでも部外者の越前達を追い出したかったのだろうが、の存在が気にかかったのか、跡部は真っ直ぐ彼女を見据えて訊く。
「お前、名前は?」
「人に名前を訊く時は、まず自分から名乗るものだよ。ついでだから、まだ名前を聞いてないそこの二人も自己紹介してくれる?」
 まったく物怖じしてないに、周りの氷帝メンバーが僅かにどよめいた。
 何となくその気持ちが判る気がする越前は、黙ってその様子を眺める。
 無邪気に微笑む彼女を見て、跡部が珍しそうに口の端を吊り上げて不敵に笑った。
「ほぉ……いいぜ教えてやるよ。俺様は跡部景吾、ここの部長だ」
 相変わらず傲岸な態度で、跡部はそれから…と言って後方にいた、名を聞いていない二人を促す。
「俺は宍戸 亮。三年だ」
「二年、日吉 若…」
 先に名乗ったのは、黒髪の少年だった。どこか生意気さを感じるも悪い気はしない。
 続いてもう一人の少年が簡潔に名乗った。これまた変わった髪形に、特別声が小さい訳でもないのになぜか他のメンバーに比べて妙に影の薄い少年だった。
 二人の紹介を受けて、は再び周囲を見渡した。
 手前に跡部と鳳。前方の右側には忍足や向日に、その更に後方に宍戸や日吉や樺地達が立っている。
 芥川はというと、向かいの観客スタンドで相変わらず寝ているのを除けば、そこにいた全員がに視線を向けていた。
 それを彼女はどこか、超然とした微笑みで受け留めている。
「オーケイ。氷帝のレギュラーが揃ってる訳ね」
「それで女ァ、お前の名は?」
 が満足したように呟くと、ここぞとばかりに跡部が演技臭く答えを促した。
 すると彼女は一歩前に出て、彼らに向き直る。
 辺りにはどこからともなく風が吹き抜け、の毅然とした姿をより一層引き立てた。
「青春学園テニス部三年、 。これでも女子部レギュラーで、そこそこ強いから憶えてて損はないよ」
 好戦的に微笑んで言うが、越前には妙に輝いて見えた。