どこか上品さを感じる住宅が周囲に立ち並ぶ路地の中央で。
 越前は先輩の乾とに囲まれ、げんなりとした表情で立っていた。

 俺…何でこんなトコにいんだろ……。

 ただ、気分転換に街へ出ただけだったのに。
 駅前を歩いていた彼は、偶然会った乾に捕まりそのまま尾行するようにの後を追い、今に至る。
 しかも彼女は恥ずかしげもなく、自分に抱きつくようにくっついていた。
 そんな二人を乾が泰然と眺めている光景は奇妙だったが、彼らからすればいつものことで、休日だからか道行く人はなく人目を気にする必要はなかった。
 というより、この二人に今更何を言っても無駄だと半ば越前は諦めている。
「あっ」
 するとが不意に思い出したように、やっと離れて慌てたように尋ねた。
「ちょっと待って。私について来たってことは、乾達もここがドコか知らないんじゃ…」
 戸惑いがちな彼女につられて乾を見上げた。無論、彼に無理やり連れられた形の越前も今いる場所の名称は知らない。
 けれど乾は胡乱な光を放つ眼鏡の縁を上げながら、大したことではないように告げた。
「まぁ、来た道を戻れと言われたら無理かもしれないが、俺の目的地には辿り着いたよ」
「目的地?」
「ここだ」
 首を傾げるに乾が指し示したのは、側に佇む見慣れない校舎。
「…って、この学校っスか?」
 周囲の住宅と比べ、異質と思えるほど大きく角張った建物が立ち並んでいた。
 越前が校舎を仰いでいると、隣りにいたが敷地を取り囲む塀に近づいて、校門に刻まれた校名をまじまじと睨む。
「う〜ん…どっかで聞いたコトあるんだけどなぁーここの名前」
 首を捻る彼女に、乾が傍へ寄って意外そうに告げた。
「なんだ、知らないのか?氷帝学園と言えば、関東でも指折りのテニスの強豪校じゃないか」
 立海とも試合していた筈だが、と言われ一瞬固まった彼女は思い出したように顔を上げる。
「あぁ!思い出した。そっかそっか、確か男子部と当たってたっけ?成程ねー」
 一人で納得している横で、今度は越前が意外そうにを見ていた。
「…珍しいっスね」
「え?何が?」
 思わず呟くと不思議そうに彼女が振り向く。
「そういうの、先輩だったらチェックしてると思ったから」
 スポーツをするからには対戦相手がいて、選手にとってそれがどんな相手であれ、性質や力量は手に入れておきたい情報だ。それが試合で勝利を導くのであれば尚更。
 の場合、例え当たらない選手でも彼女の素質や性格を考えて、情報収集していてもおかしくはない。
 相手が誰であれ興味はない、ただ勝つのみという考えしかもたない越前の場合は例外だが。
 彼の言葉にはなぜかあー…と、抜けた声を出しながら顔を逸らす。
「…向こうにいた時は、他校なんて興味無かったから」
 その所為で彼女の表情は見れなかったが、いつもに比べて抑揚のない声になぜか不安を憶えた。
「それで乾。ココには何の用で?」
 複雑な表情で越前が見ていたのも知らず、どこからともなくノートを出して既に何かデータを取っている乾にが訊く。
 彼はノートから顔を上げて、キッパリと言った。
「偵察だ」
「「偵察ぅ!?」」
 常識的に考えて、余り日常では使わない単語に二人は声を揃えて驚いた。
 だけど乾の口から出た言葉と考えれば妙に納得している自分に、既に常識から逸れてしまっているんだろうか……と少し寂しくなる。
 このままでは面倒なことに巻き込まれると不安を抱いた彼は、躊躇いながらもなんとか乾に説得を試みるけれど。
「マジっスか…何もそんな…」
「――何それっ面白そう!」
「え?」
 喜々とした声に遮られて振り向けば、が目を輝かせて乾に詰め寄っていた。
「私も行っていい?」
「勿論だ。お前が来てくれるなら助かる」
「ホントっ?私、実はこういうのしてみたかったんだー」
「言っておくが、遊びではないからな」
「判ってるよ」
 呆気にとられているのを余所に、二人はなぜか妙な盛り上がりを見せている。
「いや、ちょっと先輩達待っ…」
 果てしなく嫌な予感がして越前が焦って言いかけるも、既に意識が目前の氷帝学園へ向いている二人に届く筈もなく。
「行くぞ」
「ラジャー!」
 指揮を取る乾に意気込んで続くに腕を掴まれた越前は、引き摺られるように付き合うことになってしまった。