日曜日――世間でいうところの休日。
 普段はそんなことお構いなしで、練習に励む青学テニス部が珍しく休みだった。
 これを機に引っ越してから暇がなかったは、街探索へ出掛けることにした――が。
 彼女はまったく知らない住宅街の路地で、立ち尽くしていた。

 ………………ココ、どこなんだろう……。

 辺りに風など出ていないが、冷たい風に吹かれてる気分だった。
 完璧な迷子である。
 意気揚々と家を出てただ商店街を歩くだけでは面白くないと、路地裏に入ったのが運の尽き。
 気の向くまま分かれ道や十字路を曲がっていた為、流石のもお手上げだった。
 唯一判ることは、目前に広大な敷地をもつ学校が存在していること。
 校門前まで近づき表札を見れば、『氷帝学園中等部』の文字。
 どこかで聞いたコトあるな…と思いながら、鞄の中から携帯電話を出して誰かに助けを求めようとメモリダイヤルを表示する。

 う――…タカさんはお店の手伝いだろうし。
 不二は、確か写真館に行くとか言ってたなー……。

 画面をスクロールさせながら、は誰か救援出来そうな人物を捜す。
 だが休日とはいえ、日頃から練習漬けの彼らにとって久々の休み。家で寛いだり、彼女のように普段行けない所へ出掛ける者が大半だろう。
 そんな彼らの邪魔はしたくないが、こちらも不測の事態と自分に言い聞かせ、ある人物に的を絞った。

 乾ならきっと大丈夫でしょ。

 そう思って早速、乾へと救援の電話をかけ始める。
 続くと思っていた呼出音は早く途切れて、彼女は相手より先に話しかけたが。
「あ、もしもし乾?」
「『――何だ?』」
 乾の声は右耳に当てた携帯のレシーバーからと、なぜか左耳の後方から重なって届いた。
「わぁっ」
 驚いたは、反射的に携帯を離しながら勢いよく振り返る。
 そこには携帯電話を片手に私服姿の乾が、数メートル後方で佇んでいた。
「え…なっ、乾!? 何でそこにっ?」
 余りの驚きに上擦った声で訊くけど、彼は動きもせず至って普通に普段通りに対応する。
「『いや何、少し野暮用でな。お前こそこんな所で…』」
「 ――携帯はもういーからこっち来て喋って。」
 ブチっ、と通話を切りながら、は事も無げに話す乾へ言い放つ。
 そこでやっと歩いてきた彼は目前で立ち止まり、分厚い眼鏡に阻まれて意思が読めない視線を向ける。
「やぁ、。奇遇だな」
「白々しいよ。後ろにいるならどうして声かけてくれなかったの?」
 悪怯れもなく挨拶する乾に、猜疑の目を向けながら不機嫌な声で訊いた。
 すると彼の人間性そのものを疑いたくなるような言葉を耳にする。
「実は、今日はお前のデータを取ろうと思ってな。が自宅を出てから商店街に入り、そしてふらふらと路地裏を歩き回って迷子になるまでをずっと尾行していたんだ」

 ゴメン!やっぱり助けて不二!!!

 さらっと語る乾に危機感を憶えたは、真剣な表情に物凄い速さでメールを作成し不二へ送信した。
「というのは冗談で、駅前で偶然お前を見掛けたんだが一人で路地裏に入って行くようだったから危ないと思い、見張りの為に後ろを付いていたんだ」
「だったら尚更早く声かけてよ!しっかり尾行してるじゃないっストーカー罪で訴えるよ!?」
 訂正するにもマイペースな乾に、堪らず声を荒げて不満をぶつける。それでも彼は怯むことなく言葉を続けた。
「それは困る。折角、途中で会った越前も連れて来たというのに」
 大して困った素振りもなく乾が横へずれると、無愛想な表情で立っていたのは後輩の越前だった。
 彼を見た途端、は被害を受けた少女の如く涙声で勢いよく越前にとびつく。
「うわーんっえちぜーん!乾が"デカ"過ぎて見えなかったよー怖かったよー」
「微妙に俺が傷付く言い方だな…」
 心外だとばかりに乾が呟くが、越前に抱きついたままのには聞こえていない。
 そんな二人に否応なしで巻き込まれてしまった越前は、『何で俺が…』と露骨に迷惑そうな表情をしていた。