暖かな陽射しに眠気を誘われる、午後の授業も終了し。
 毎日の時間割に変動無く入れられている、清掃時間。
 教室当番の私は、溜まりに溜まったゴミを回収した大きなポリ袋を両手に抱え、校舎を出る為に昇降口へ向かっていた。

 …流石に、2個はキツかったかな……。

 苦笑を顔に出しながら歩いていると、廊下の先で大石が私に気付いて声をかけてきた。
…お前、大丈夫か?」
「やっほー大石」
 余程フラフラして歩いていたのか、心配そうに訊く彼に、ゴミ袋を床に置き挨拶する。
 今のところはまだ余裕はあるみたいだ。今のところは。
「ココの当番なの?」
「あぁ、そうだが……お前一人でコレを運ぶのは大変だろう?」
「たはは。中身は紙とかばっかだから平気だと思ったんだけどねー」
 塵も積もればなんとやら。
 持つ分には問題ないが、運ぶとなればこれまた重労働で大変だった。
 笑って誤魔化す私に、大石は呆れ気味に肩を竦める。
「誰かに手伝って貰えば良いのに…同じ当番のヤツらは?」
「それが……」
 その質問に今度は空笑いが出てきた。この場合、諦めではなく怒気を含んだモノだ。
「同じ当番の菊丸がさぁ…先にゴミを持って行ったきり戻って来ないんだよねぇ……ホント困るよねぇこんなか弱い女の子にこんなモノ持たせてさぁ……っ」
「そ…そうか。それは困ったヤツだな、英二も」

 ホントだよ。

 笑顔で言っていても語尾のトゲトゲしさに、大石は同意しながら視線を逸らす。
 今日は授業の関係でゴミが多かったから同じ当番の菊丸と一緒に運ぶ筈だったのに、一向に戻って来ないから仕方なく、私が残りのゴミを運んでいるのであった。
 それでも一時ではあるが苛立ちを吐き出せたので、私は気を取り直して両脇のゴミ袋を持ち、ゴミ収集場へ向かうことにした。
 その時、大石が気を遣って申し出る。
「――手伝おうか?」
「有り難う。でも、大石も当番があるでしょう。それに私がこうして持ったトコロを菊丸が見たら、罪悪感も深まるだろうし」
「そうか」
 私は笑顔でお礼を言って、まだ少しフラつきながらも歩き出した。










 昇降口を出て、裏庭の方へ歩いていると。
 並んで立つ木々の陰から、何やら鳴き声が聞こえてきた。

 ん?ネコ…?

 不思議に思ってゴミ袋を抱えたまま、その聞こえた方角へ向かうとそこには木に凭れた、男の子が猫と戯れていた。
 その見知った人物に、前にも同じことがあったなと微笑みながら私は声をかけた。
「えーちぜんっ」
「……先輩」
 目の前にしゃがみながら笑いかけると、越前は少し驚いたように答えた。その前までの表情が、優しく感じたのは気のせいだったのかな。
「またサボり?」
「…人聞き悪いっスよ」
「だって今は掃除時間だよー。何でこんな所でネコと遊んでるの?」
「そういう先輩はゴミ捨てっスか?」
 答える気ないなコイツ。
 両脇に置いてあるゴミ袋を指す越前に、私も地に腰を下ろして彼の膝上にいた三毛らしき猫を抱き上げた。
「そーこんな大荷物、か弱い私が運ぶのなんてムリー」
「ココまでは運んで来たんスよね」
「それにしても可愛いねーこのネコちゃん。どこにいたの?」
 今度は私が無視する。けれど越前にも追求する気はないのか、質問の方に答えた。
「さぁ?迷い込んできたみたいスけど、ココにいたら寄ってきたんス」
「へぇー越前って、ネコに好かれるタイプ?」
 まぁ確かにネコっぽいもんねー、と思いながら私も猫と戯れる。
 抱き上げて嫌がらない辺り人懐っこいネコちゃんみたいだ。
 私がしきりに猫に構っていると、少し置いてきぼりな越前が不意に訊いてきた。
「……先輩って、ネコ好きなんスか?」
「まぁねー可愛いし。越前も、構ってたってコトはネコ好きなんだ」
「飼ってるから」
 訊き返すと、彼が立ち上がって埃を払いながら言った意外な答えに驚いた。
「ホントにっ?どんなネコ?」
「ヒマラヤン」
「名前は?」
「カルピン。……写真、あるっスよ」
「わー今度見せてー」
 興味津々で訊く私に、越前も自分のペットが可愛いのだろう。珍しく好意的だ。
 けれど私は掃除当番の任務を思い出して、我に返る。
「あ…そうだ。もう行かないと」
 ただでさえ運ぶのに時間がかかるのだ、急がないと掃除時間が終わってしまう。
 猫にお別れを言ってゴミ袋を掴むと、徐に越前がもう片方の袋を掴んだ。
「……運ぶの、手伝いますよ」
「え?良いの?」
「別に」
 訊くと照れているのか、目を逸らして越前は歩き出した。
 それが妙に嬉しくて…――思わず、後ろから抱き付いてしまった。
「アリガトー越前っ」
「うわぁ!だっ…抱き付かないで下さいって!」
 もう少しで転びそうだった彼にしまったと思いながら私は苦笑で謝った。

 ダメだなーどうも越前を前にすると抑えられないって、私は変人か。
 いやいやそんなことはないですよ。

 自分の中で葛藤しているのが顔に出ていたのか、越前が怪訝な表情をしていた。
 それを誤魔化しつつも、私達は裏庭から焼却炉のあるゴミ収集場に続く拓けた場所に出た。
 …………そこで、私の動きは凍りつく。
「さぁ来いっ桃!今度も打ってやるからな!」
「そうはいかないっスよっ英二先輩!」
 バットのように箒を掲げる菊丸と、どこで拾ったのか野球のボールを投げようと構える桃城。
 信じられないことに、二人は掃除もそっちのけで野球もどきを興じていた。
 無言の重圧に気付いた越前が、僅かに後退るけど構わず私は歩き出す。
 そして私達の存在に気付いていない桃城はボールを振り投げ、それを勢い良く箒を振った菊丸は見事にヒットさせた。
「やりぃーっ!」
「――じゃないわよ、何やってんのアンタ達っ」
「ぅにゃあっ!!!?」
 歓声を上げる菊丸の後ろに回って、私は思いっきり上から持っていたゴミ袋を頭に落としてやった。
 案の定、彼は驚きとゴミ袋の重さに地面に潰れる。その様に桃城も声を上げた。
「うわっ先輩!いつの間に…」
「さぁーきからいたよー越前と一緒に。というか掃除時間にナニ遊んでるのかなー?特に菊丸!!」
 状況を察知したらしい菊丸が私の後ろでこっそりと逃げようとしていたが、そうはいかない。
 ビシィと指差されて猫の如く背筋を伸ばす菊丸に、私は仁王立ちで微笑む。
「仕事もせずに何をやっているのかな?菊丸君」
「にゃ…にゃんか、怖いよ?……」
 当たり前だ。こっちは怖がるように言っているのだから。
 怯える菊丸に身を乗り出して、丁寧に言ってやった。
「君が、ゴミ捨てに行ったまま戻らないから私が残りを持ってくる羽目になったのに、何でこんな所で野球なんかして遊んでるのかな〜〜?」
「わーゴメン!本当にゴメンナサイっ!!」
 両手を合わせて必死に謝ってくる彼に、私は身体を離して呆れ顔で肩を竦めた。

 ――まったく。私だって素直に謝ってくれれば許すのに。

 自覚を持って欲しかったから、追い詰めただけでそれほど怒っていない。
 …………いや怒ってはいるけれど。
 寧ろ呆れているくらいだ。こんなに堂々と掃除をサボって遊ぶなんてそう出来る者はいない。
 溜め息をついて振り返ると、今度は置き去りにされていた桃城と越前が野球をやろうとしていた。

 おーい。今までの私の言葉聞いてたかー?

 まぁ二人の場合、どうやら桃城の方がムリヤリ誘って越前が嫌々付き合ったという感じだった。
 どっちにしても子供だなと思いながら止める気も起こらない。
「程々にねー…越前」
「…打たれない程度には」
 負けず嫌い。
 そう思っている時、後ろから声を掛けられた。
「――お前達、こんな所で何をしている?」
 振り返るとそこにはいつもより少し険しい表情をした手塚がいた。どうやら外掃除の帰りらしい。
 タイミング悪いなーと思いながら、答えようとしたら後方から鈍い打撃音がして、私が振り返った時には目の前にボールが向かってきていた。
「危ないっ!!」
 桃城の叫びも遅く、当たると思って私は目を瞑った。
 しかしどこにも痛みはなく、そっと目をあけると隣りで手塚が桃城が打ったボールを素手でしっかり止めていたのだ。
 当たらなかった安心感より、手塚の反射神経に感心していると彼は低い声で言った。
「……桃城、来い。そこで坐っている菊丸もだ!」
 いつもの部活で見る、部長の顔になった手塚は二人を並ばせて説教を始めていた。掃除もせず見るからに遊んでいたのだから無理もない。
 因みに越前は咄嗟に私の後ろに隠れたので、難を逃れた。
 人目を憚らず、菊丸と桃城に怒っている手塚を眺めながら越前はボソリと呟いた。
「俺…戻っていいっスか?」
「あ、うん。私も戻る」
 残ったゴミ袋達は菊丸に押し付けて、私達はその場を後にした。





 その後、菊丸と桃城は部活でグラウンド50周を命じられたという。





 †END†




書下ろし 07/11/19