無関係である筈の一般女子生徒と女子テニス部での騒動。
 俺や男子部の三年レギュラー達が仲裁に入ったものの、それでは治まらず、試合で結論を出す事になった時。

 『私がこんな半端な時期に、わざわざ部活へ入る理由。部長の貴女なら判るでしょ』

 試合前には俺と似た質問をした女子部の部長に、そう答えた。
 その眼差しは強く、揺るぎのない決意の色をしていた。
 あの日からだ。俺達・男子テニス部が彼女を一選手として、同じテニスをする仲間として認め、意識し始めたのは――。

 返答を待つに、一度息を吐いて顔を上げた。 
「そうだな。だが、理由はそれだけではないだろう」
 強くではなかったが、それでもはっきり問う。
 ただ"部活として"テニスがしたいだけで、あの日に持ち掛けられた横暴な条件を呑める筈がない。それだけ、強い意志か決意がなければ。
「………約束したの。幸村達と」
 は視線を逸らし、虚ろにも見える瞳を部室の窓へと向けた。…幸村とは、確か立海の部長だった筈。
「一緒に、全国を目指そうって言ってくれた」
 懐かしむような目をするを、俺は黙って見つめる。
「彼らが私に、テニスの本当の楽しさを教えてくれた。だから、応えたい。あの約束は果たせなかったから、せめて……」
 まるで何かを抑えるように呟く横顔は、初めて見る苦痛に歪んだ表情だった。
 それだけ、彼女にとってその約束が重要だったという事。

 『――僕には、がとても遠くに感じるんだ…』

 不意に、前に聞いた不二の言葉を思い出す。

 そうか…アイツが言っていたのは、こういう事か……。

 俺はその時に、不二の言った言葉の意味を理解した。
 恐らく彼も目の当たりにしたのだろう。にとって、立海の連中がどれ程に大切だったのかを。
 確かには、遠くを見ているような者だった。
 常に高みを目指すように空を振り仰ぐ。だがその時の彼女は、存在自体が遠い者のように感じた。
 不二もそれと同じ感覚を抱いていたのだ。
 と立海との繋がりというモノを強く感じたのと同時に、疑問も浮かぶ。
「お前は、それでいいのか?」
 窓へと向いたままのに、静かに問う。
 その問いに視線だけこちらに向けた後、は一度目を伏せた。
「当然よ。私も始めからそのつもりだったし………だけど」
 しっかりした声音で言ったかと思うと、急に思い耽るように視線と声を落としてから顔をこちらに向け、穏やかに微笑った。
「私は青学の皆となら、一緒にテニスをやりたいと思った。だから入ったの。もし、転校して来ても皆じゃなかったら、私は部活には入らなかったと思う」

 『けど、彼女は僕達を見てはいないよ』

 不二の感情を押し殺したような声が脳裏を過る。
 の言葉は、その拭えなかった疑念を少しだけ流してくれたような気がした。少なくとも、彼女が自分達とテニスをやりたいと思ってくれていた事が、嬉しく感じた。
「そうか」
 の言葉を聞き届けて、俺は頷いた。そして広げていた用紙達を片付け始める。
「アレ、終わったの?」
 気付いて訊く彼女に、俺は手を止めないまま答える。
「いや…だが、そう急ぐ物でもないからな。今日はここまでにしておく」
「じゃあもう帰れるんだね」
 聞いた途端、先程までの雰囲気とは一変して明るく笑いながら、は席を立つ。

 本当に、変わった奴だ……。

 それが彼女に対する言葉の総てだ。
 この少女は、こちらが向ける言葉に驚く程に表情を変える。

 いや、そんな彼女に一挙一動しているのは俺の方か。

 椅子から立ち上がりながら、自嘲気味な笑みを漏らす。きっと他の人間に見られていたら、驚くか引かれるかしていただろう。
「――
「ん?」
 鞄を持って部室の出口へ向かうを呼び止めて、振り返った顔を真っ直ぐ見つめた。
「例えどんな事があろうと、今のお前は青学の選手で……俺達の仲間だ」
 そう告げると、驚いたようには目を見開いた。
 そしてゆっくりと向き直り、彼女は零れるように微笑んだ。
「………うん」


 俺はその時、微かに翳りを落としたの心に、気付く事が出来なかった――





 †END†





初出 05/04/23
編集 07/10/31