transient days story


 [side T]










 それは、いつもの光景だった。
 部活練習中での休憩。男子部レギュラーに囲まれ、談笑する女子が一人。
 見た目には普通の少女だが、ラケットを手にすれば彼女は驚く程の実力を発揮する。正直、俺でさえもその力量を把握出来てはいない―― 計り知れない。そう思える選手。
 その日も、はいつものように一年の越前にちょっかいを出していた。
 地に坐る彼の背中へ伸し掛かるようにが体重を掛ければ、当然越前が抵抗する。それを面白がって菊丸や桃城が参加する。そんなやり取りを俺は呆れるように眺めていた。
 だが、一つだけ違っていた。
 いつもはその輪の中に入っている不二の姿が、何故か今日は俺の隣りにあった。
「――手塚。彼女のこと、どう思う?」
 戯れる彼らを眺めながら不二は愉しそうに、だが何処か寂びそうに微笑んでいた。
 何か遭ったのかと不思議に思ったが、敢えて訊こうとも思わず問い返す。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。やっぱり、少し変わってるよね。って」
 笑みを崩さず不二は言う。
 確かに、 とは変わった少女だった。
 無邪気な表情の中には、驚くほど強い意志をもっている。だがそれは乱暴なモノではなく、凛然とした力強さ。
 彼女は俺が抱いていた少女の概念を、悉く打ち破ってくれた。
「だが、気に入っているのだろう?アイツを」
 そんな異質な存在だからという事もあるが、それ以前にには人を惹き付ける魅力がある。
 だから誰もが彼女の許に集まる。それは称賛すべき性質だ。
 視線はのまま不二へ呟くと微かだが、彼の纏う空気が鋭くなったのを感じた。
「それは君も同じでしょ。だけど、僕のはそんな易い言葉で片付けられちゃ困るよ」
 後半の意味が判らず、俺は視線を隣りに立つ不二へ向けた。その顔には相変わらず笑顔が浮かんだまま。
「気付いてるかい?はもうココに溶け込んでいるどころか、僕らの中心になりつつある」
 普段に比べ、その声からは妙に感情が欠けていた。無意識に自分の眉が皺を寄せる。
 それは俺も判っていた。それが出来るだけの素質を、はもっている。彼女がそれに気付いているかどうかは疑問ではあるが。
 それは悪い事ではないが多少、部の規律が乱れている事が俺には引っ掛かっている。それを除けばの実力だ。互いの刺激になって、ある意味助かってはいる。
「けど、彼女は僕達を見てはいないよ」
 そう告げる不二の顔から、笑みが消えていた。
「…何故そう言い切れる?」
 何を見たのか、何を聞いたのか。
 確信をもったような言葉に、俺は思わず強く尋ねた。
 不二はと共にいる時間が長い。この部内で彼女を一番知っているのは不二だろう。
 だから単なる思い付きでこんな事を言う筈がないのは判る。だがつまりそれは、が俺達を信じてはいないという意味に聞こえ、不二の答えを待つ。
 そこでやっとこちらに振り向いた不二は、普段見せる事のない双眸を真っ直ぐ俺に向けて口を開く。
「手塚。僕には――」




















 部員達が帰り、一人部室に残って雑務処理を片付けていると。
 開け放ったままのドアの向こうから、明るい声が聞こえてきた。
「あれー?手塚だぁ」
 動かしていた手を止め顔を上げると、そこには制服姿のが立っていた。
「何してるの?」
 入り口の壁に手を添えて、が首を傾げながら訊いてくる。それを確かめて、俺は再びノートへと顔を向けた。
「見れば判るだろう。部誌を書いている」
「あぁ、なるほど〜」
 自分としては普段通りだが、突き放したような答えに彼女は気を害した様子もなく、笑顔で納得していた。
 そのまま作業を続ける俺をは黙って眺める。多少気になりながらも、特に話す事もないから何も言わなかった。
 その内、も興味が失せて帰るだろうと思っていた。
 だが短い沈黙の後、遠慮がちにが訊く。
「…ね。終わるまで待ってていい?」
 予想外の言葉に手が止まる。
「……何故だ?」
「一緒に帰ろうと思ってさ。ダメかな?」
 顔を上げて訊けば、はいつもの笑顔に苦笑を加えて訊き返す。
 何故、彼女が俺と帰ろうと思ったのか判らなかった。その為に待とうとするのかも。
 しかしその時の俺は断る理由も見付からず、僅かに驚いた表情の後、目を逸らして答えた。
「…好きにしろ」
「ありがとう」
 顔は見ていなかったが、はきっと穏やかな笑みを湛えていたのだろう。
 そうだ。とはそういう人間だ。
 自分の外見や性格の所為か、初対面の人間は大抵が俺に良い対応を示さない。
 だがそれを悲しく思った事はない。自分を理解してくれている者なら、部員の仲間や長い付き合いの人間が確かにいる。だから構わない。
 しかしは、見た目で判断などせず俺を見ていた。怯まずに真っ直ぐ向けてきた強い眼差しに、俺は驚いた。
 とは、上辺ではなくしっかりと他人の心と向き合おうとする。
 そういう人間だった。