寮内は観月の言っていた通り、綺麗に整備されていた。
 まだ陽も落ちてはいないので寮生とも余りすれ違わず、達はスムーズに見物出来ていた。
 廊下を歩いていると、先頭で案内をしていた木更津が振り返ってへと問いかける。
「――ねぇ、突然だけどさんって千葉にいたことなかった?」
 その問いに驚いた彼女は一瞬考えて、思い出したように笑った。
「あるよー確か、小学六年の時だったかな?一年くらいいたと思うけど…」
 なぜそんなことを訊くのかと首を傾げてるに、木更津は苦笑しながら視線を前に戻す。
「憶えてないかな?その時、同じクラスだったんだよ。木更津っていう双子で思い出さない?」
「……あぁ!いたいたっ思い出した!久し振りだねー君達も転校してたの?」
「いや、こっちにいるのは僕だけなんだ。観月に誘われてね」
 懐かしむ二人に、裕太は後方を歩きながら行き場を失っていた。裕太はと初対面で、元々お喋りな方でもない。喋っているのはほぼと木更津だけだった。
 その中で、不意に木更津は彼女と再会して驚いたことがあるという。
「こんなに明るい人とは思わなかったよ。あの頃にさんは、物静かな印象でよく一人で読書してたから」
「そう…だったかな」
 彼の言葉には少しだけ、視線を落とした。
 それに後ろで気付いた裕太は彼女が恥ずかしがっているのか、落ち込んでいるのかは判らなかった。それでも、少し様子の違ったに思わず尋ねる。
「…昔のアンタって、暗かったんスか?」
 言った後に他の言い方もあるだろうと後悔したが、は気を害した様子もなく笑った。
「そうじゃないけどね……確かに、中学に上がってから変わったかも」
 その笑顔は嬉しそうにも、寂びそうにも見えた。










 達を見送り、その場に残った不二と観月は暫らく黙っていた。
 そして去るタイミングを逃した赤澤は、妙な空気に居場所を失くしていた。
「……話があるのでしょう?僕に」
「…不本意だけどね」
 沈黙を破ったのは観月で、不敵な笑みに不二は珍しく答えた。
 用がなければ彼が好んで自分といたりしないのは観月も判っていたのか、紅茶を飲みながら次の言葉を待つ。
「君が持っている情報を教えて欲しいんだ」
 それでも視線を合わせない彼に、苛立ちを感じながらも続きを促す。
「誰のです?」
「…………
 不二が指名した人物に驚いたのは赤澤で、そこで初めて口を挟んだ。
「は?…それはお前んトコの人間だろう。何でわざわざ……」
 不審がる彼に観月は片手で制止して面白そうに足を組む。
「別に構いませんが、タダという訳には…」
「――この間の試合のリベンジの承諾、考えてあげてもいいよ」
「仕方ありませんね、お教えしましょう」
 変わり身の早さに『コイツ阿呆だ…』と、赤澤が思ったのは言うまでもない。そしてそうなることが判っていた不二はかなりのクセ者だと思う。
 赤澤の呆れた様子に気付いたのか、観月は一度咳払いをした。見計らったように不二が口を開く。
「彼女を勧誘しに来るからには、それなりのデータを集めて逸材だと思ったからだよね」
「とは言っても乾君ほどではありませんから、テニスに関する情報しかありません」
「僕だって同じ部員だからね、彼女の実力くらい判っているよ……君以上にね」
「では知りたいというのは?」
 不二が要求していることが読めず、観月が核心を突いた。彼は飲みかけていた紅茶に口を付け、間を置いて言う。
「――立海にいた頃について」
 僅かに硬質な声音に意味を理解するのに数秒かかった。意外な内容に、観月は少し間の抜けた表情になる。
「彼女が前にいた学校ですか?……それは、確かに特別仲が良かったとは聞いていますがそれ以上は…」
「なんだ、使えないな」
 詳しくは知らないという彼に、不二は聞こえない程度に呟いた。
「…今、何か言いました?」
「いいや?知らないなら良いよ。聞いてみただけし」
 もう用はないとばかりに不二が立ち上がると、観月がそこで思い出したように声を上げた。
「そういえば1つ、聞いた話があります」
「…何?」
 不二は大した内容ではないだろうと思いながら、軽く訊き返す。
「彼女は最初、部活には入っておらず入部する気も無かったそうなんです。けれど、誘われてテニス部に入ることになったって…」
 それを聞いて不二は僅かに驚いた。昔のことは知らないが、今のからは余り考えられないことだ。
 けれどそれが事実なら、彼女の意志を変えた者がいるということ。
「……誰に?」
 端的な質問に、観月は考えるような素振りを見せて顔を上げた。
「今の立海レギュラーで、確か幸村君や…」
 言いかけて、遮ったのは見物から戻ってきたの声だった。
「――戻ってきたよー不二」
 まるで現実に引き戻されるかのように三人が振り返ると、そこには満足そうなと少し疲れたような裕太。木更津は向かった時と変わらず、愉しそうな笑みを浮かべている。
 駆け寄ってくるに、不二は何事もなかったように笑顔で迎えた。
「お帰り。楽しかった?」
「うん!木更津君のお陰でねー」
「大したことしてないよ」
 なぜかすっかり仲良くなって、お互いに好きな本の貸し借りの約束までしている二人に笑顔のまま不穏な空気を纏った不二に気付いているのは、本人以外だ。
 時間も夕暮れに近づいていたので、と不二がそろそろ帰ろうとしていると、観月が声をかける。
「ところで不二君。例の試合のリベンジの約束ですが、早い内にでも…」
「そんな約束したっけ?」
 意気揚々と話す彼に、不二は知らないとばかり返して帰ろうとしていた。横で憐れに思っている赤澤には気付かず、観月はまた慌てて引き止める。
「なっ…さっき君がそう言って……」
「考えると言っただけで、やるとは言ってないよ。それにこっちも次の試合の練習で忙しいしね」
 しれっと言ってと玄関へと進む彼に、観月は固まっていた。
 確かに不二の言う通りだが、それは酷すぎないかやまた騙された自分が悔しいやらで見送ることも出来なかった。
 それでも不二なりのサービスなのか、寮から出ようとして彼は振り返った。
「まぁ、練習試合としてなら、乾にでも話しておくよ」
 その言葉に、喜びながらも隠して当然だというばかりに一人で喋りだす観月を放ったまま。
 と不二はさっさと帰っていったのだった。





 †END†




書下ろし 07/10/25