放課後。陽の高い内に部活が終わり。
 が帰ろうと歩いていると、校内の木々の茂みに人影を見つけた。





 学園内の茂みの中で、身を潜めていたのは聖ルドルフの制服を着た観月はじめ。
 傍から見ても怪しいのに、彼は周囲を窺いながら。
「…んふ、この間は不覚を取りましたが次はそうはいきませんよ。その為にこうして青学へ来たのですから……彼女を捜すついでに、不二君への対抗策を練る為に男子部へ行くのも良いかもしれませんね…先日はとんだ恥をかかされました…………って、何だか思い出しただけでも腹が立ってきましたよ………」
 などと青学へ偵察に来たらしい観月は、ブツブツと呟いていたので怪しさを増していた。
 そんな彼に背後から声がかかる。
「――君、ナニしてるの?」
「ぅわあっ!!?」
 驚いて立ち上がった彼に、更に驚いたのはだ。
 やましいことをしていたという自覚はあったのか、狼狽える観月に彼女は訝しげな表情で眺めていた。
 しかし、何かに気付いたらしい観月が尋ねる。
「君は…もしやテニス部の、 君ですか?」
「…そうだけど、君は?」
 少し警戒しながら訊き返す彼女に、観月は礼儀正しく会釈する。
「初めまして。僕は聖ルドルフ学院でテニス部マネージャーをやっています、観月はじめといいます」
「へぇ、マネージャー…」
「勿論、試合もやりますけどね」
 その丁寧な挨拶に、無能な選手ではないと判断したのか、は社交的な笑みを浮かべた。
「それで?そのマネージャーさんが、青学に何の用なの?偵察?」
「まぁはっきり申しますとそれもありますけど、偵察はついでです。僕は、君に用があって来たんですよ」
「…私に?」
 思いもよらない言葉に驚いていると、彼はへ微笑んで言った。
「僕は君を、ルドルフへスカウトに来たんです」
「――へぇ、それは良い度胸だね」
 の隣りで聞こえた声に、その場の空気が一瞬止まった。
 まるで当然のように、いつもの如く突然現れたのは不二周助。笑顔の彼とは対照的に、観月の表情は引き攣っていた。
 それを見比べながらが訊く。
「何?不二の知り合い?」
「いや、全く知らない赤の他人だよ」
「ちょっと待ちなさい!」
 にこやかに断言する不二を観月が呼び止める。
「都大会で試合をやったじゃありませんかっ!観月です、聖ルドルフの観月はじめ」
 慌てて自己紹介をする彼に、が呆気に取られていると不二が答えた。
「だって。じゃあ行こうか」
「だから待って下さい!!」
 爽やかに立ち去ろうとする不二を、半ば必死になって止めようとする観月の姿は、憐れに見えた。そこでが何かに閃く。
「あぁっ思い出した!あの大口叩いて、不二にボロボロに負けたっていう人かぁ」
 彼女が乾から聞いていた話を思い出すと、観月は傷付いて両手を地に付けて坐り込んだ。不二に無視されるよりショックだったらしい。
 落ち込ませてしまったは一応心配したのだが、不二はどうでも良いのか放って行こうとする。それでも観月は諦めなかった。
「…そうだ!不二君、弟の裕太君に会いたいだろう!?」
「お前には会いたくなかったけどな」
 苦肉の策での彼の提案に、辛辣な不二。
 妙な空気の二人を遮ったのは興味津々な
「あっ私・不二の弟君見てみたい!行こうよ不二?」
 ノリ気な彼女から救いを受けたように、胸を撫で下ろしながら観月が改めて誘う。
「では、ウチの寮の見学に来ませんか?不二君と一緒に」
「よし!行こう!!」


 半ばの押しで、三人は聖ルドルフ学院へ向かうことになった。




















 都内にある、聖ルドルフ学院付近。
 一部の生徒達が生活する寮前に、達はやって来ていた。
「へぇー…ココが寮って所かぁ」
 建物を見上げて感嘆するのは。笑いながらも正直どうでもよさげなのは不二で、その二人の前になぜか誇らしげに立ったのは観月。
「えぇ。割と綺麗な外観でしょう?僕も気に入っているんですよ。ここは希望者だけが生活してるんですが、サポートが充実してまして……って聞きなさい!」
 長くなりそうな観月の説明の間に、不二達はさっさと寮へ入ろうとしていた。





 観月の案内で向かった先は、寮内のひらけた通路の一角にある寛ぎ場。
 テーブルを囲んだソファに座ってお茶をしていたのは、テニス部部長の赤澤だった。
「よーお帰り、どうだっ……」
 帰ってきた観月を見て固まる赤澤。正確には、後ろにいた二人にだが。
「……観月。ちょっと来い」
「はい?」
 赤澤は手招きして、寄ってきたところを乱暴に観月の肩に腕を回して声を潜める。
「どういうつもりだっ?連れてくるにしても何で不二もなんだよ!?」
「仕方ないじゃありませんか、行き掛かり上です」
 やはりと言うべきか、予定になかった訪問らしく赤澤は動揺していた。
 それを眺めていた達に気付いて、赤澤が話しかける。
「…アンタがか」
 振られて、彼女は元気に片手を挙げながら自己紹介する。
「はーい、青学テニス部3年・ でーす。そしてこっちがー」
「不二周助でーす」
「いや、お前は知ってる」
 つられて挨拶する不二に赤澤は冷静だった。
「寮見物と、不二の弟君へ会いに来ましたー」
「あ?…弟って裕太にか?」
「もう帰ってきてる?」
 不二の問いに困りながら頭を掻く。
「あー居たけど、アンタがいるなら出てこないかもな」
 悩む彼に、が不思議そうに不二に振り返って訊く。
「…不二兄弟って、仲が悪いの?」
「そういう訳じゃないけど、裕太がね。ちょっと素直じゃないかな」
 少し寂びそうな表情をした不二に、彼女はすぐに何かを悟った。
 けれどやはり会いたいのだろう。不二は「こんなのはどうかな?」と言って赤澤に耳打ちする。
 が首を傾げていると、赤澤は少し考えた後、二階への階段の方へ向かって叫んだ。
「お――いっ裕太ァ!お前の兄貴が彼女連れて来たぞ―――ッ!!!」
「ナニ―――――ッ!!!?」
 そしてとび降りるように階段を凄い速さで下りてきたのは、不二の弟――裕太。
 よっぽど驚いたのだろう、何の躊躇いもなく不二に駆け寄って問いかける。だが、一番驚いたのは勝手に彼女にされただ。
「マジかよっ兄貴!?」
「なんて呼び出し方してるのよ!弟君が勘違いするでしょ!!?」
「じゃあ違うのかっ?」
「違うよ!いつもそうやって勝手な嘘を…」
 一緒になって問い詰めていたところで、お互いに気付いた二人。
 そこへ新たな人物がやってきた。
「――何だか賑やかだね」
 くすくすと笑いながら、お客用のティーカップセットを運んできたのは木更津。
 ずっと立ったままの彼らに席を進めながら、手際よくお茶を注いでいく。
「紅茶で良かったかな?」
「あ、お構いなく――って、えっとそうじゃなくて」
 いきなり現れた木更津にもっていかれた話の流れを戻す為、は裕太に向き直る。
「君が、裕太君?」
「そうだけど…アンタは、青学の?」
「―― さんですよ、裕太君。それなりの実力者で、不二君のミクスドのパートナーでもある」
「兄貴の…?」
「そう。僕は、彼女を勧誘に行ったんです」
 振り返るといつの間にか木更津が淹れた紅茶を、優雅に飲んでいた観月が答える。
 全員の視線が集まる中、ゆっくりとカップを置きながら彼は言った。
「そういえば、まだ聞いていませんでしたね」
 その言葉が自分に向けられていると判ったは、ゆっくりとテーブルに向かいながらソファに座って紅茶に口をつけた。
「見ての通り、ここなら寮が在りますし。転校を心配する必要もありません」
 彼女を見ながら微笑んで、観月は含みのある言い方をする。
 それに視線だけ向けて、は彼に引けを取らないくらい優雅な動きで、カップを置いて微笑んだ。
「お断りするよ」
 明るく、それでもはっきりと答えた彼女に観月は驚いていたが、平静を保って訊き返す。
「……何故です?」
「確かに私には悪くない条件かもしれないけど。私はね、青学が気に入ってるの」
 立ち上がって、は不二の許へ歩きながら無邪気に笑う。
「それにココへは本当に見物へ来ただけ。寮ってどんな所かなぁーって、ね?不二」
「そうだね。裕太がどんな所で生活しているのかも気になったし」
 不二とにこやかに話す彼女の姿を見て、これ以上粘っても望む結果は出ないと判断したのだろう。観月は息を吐いて二人に向き直った。
「良いですよ。寮の方には言ってあるので、存分に見物して下さい」
「じゃあ、僕が案内するよ。そんなに珍しいモノは無いけどね」
 案内役を買って出たのは木更津で、ついて行こうとしたを不二が呼び止める。
「僕はココに残るから、裕太も一緒に行っておいで」
「な、何で俺が…」
「そうだね。一緒に行こうよ裕太君!」
 反発しようとした矢先に、が楽しそうに誘ってきた為。
 裕太は断れず、共に探索へを行くことになった。