大石を力技で納得させた後、やっとのことでタカさんの恩恵を受けることが出来たけれど。
 良い物は殆ど先取りされていて、私は仕方なく苺ミルクの棒アイスを選んだ。まぁ、好きだからイイんだけど。
 アイスを食べながら横に視線を向けると、同じように棒アイスを食べる越前と目が合う。
「美味しそうだね、越前。何のアイス?」
「ソーダっス」
 微笑んで尋ねると、越前が端的に答えてアイスに噛り付く。

 ソーダか。
 苺ミルクも美味しいけど、越前のアイスも食べたいなー。

 少し卑しいけど羨ましくなった私は思わず欲張って、越前におねだりをする。
 といっても、もう越前の腕を掴んじゃってるけど。
「ね、越前。ソレ少しちょーだい」
 そう言って私は、越前が食べているアイスを少しだけ噛る。
「!」
 返事も聞かぬまま、勝手に食べる私に驚いて固まる越前を余所に、私はソーダ味のアイスをじっくり味わう。
 その私達を、他のメンバーが呆然と眺めていたのには気付かずに。桃城なんて食べていた恐竜のたまごを手から放し、地面に落ちる寸前で隣りにいた不二が見事にキャッチしていた。
「ん〜オイシっ。あ、越前も食べる?苺ミルク」
「い…いらないっス」
 分けてくれたお返しに自分のアイスを勧めるが、越前はなぜか顔を逸らして断られてしまう。
「何で?遠慮しなくてイイのに…甘いの苦手?」
 不思議そうに訊くけど、越前は答えてくれなかった。……まぁ、いらないって言うんじゃ仕方ないよね。
「じゃあ先輩!俺にそのアイス分けて下さーいっ」
 諦めて身を引くと、何を思ったのか桃城が勢い込んで私の許へ向かって来る。
 だがしかし―――
「まだ君のたまごが残ってるよ、桃」
「目に直撃ッ!!」
 私に近付く前に不二が笑顔を崩さないまま持っていた残り少ない恐竜のたまごを桃城の顔前で握り潰し、中身がとび出たことで桃城が説明的な悲鳴を上げた。
 そして両目を押さえ、床にのた打ち回る。

 うわぁ…メッチャ痛そう……早く目ェ洗ってこい。

さん。早く食べないとアイス、溶けちゃうよ」
 悪魔のようなことをしときながら天使のような微笑みを浮かべる不二に、もはや誰もが青筋を立てて固まるしかなかった。

 今日から君のこと、魔王って呼んでもイイですか…(怯)?

 取り敢えず、本当に溶けかけていたアイスを早めに食べてしまい、私はさっき確保した炭酸飲料のジュースの蓋を開ける。
「あ、そうだ」
 場所を移動して、乾が座るベンチの横に座りながら私は思い出した。
「ねぇ不二。その"さん"って言うの、止めてくれない?」
 缶を持つ手で指差しながら、不二に要求する。彼は不思議そうな顔をして訊き返した。
「どうして?」
「なーんかくすぐったいんだよねぇ。仲間なんだし、呼び捨てでイイよ」
 苦笑気味に答えて私はジュースを飲みながら返事を待つ。
 その間に不二は少し黙考していたかと思うと、こちらを振り向いて。
「判ったよ、


 ぶ―――ッ!!


 不二の返答に、私は思い切り含んでいたジュースを噴いた(汚っ)。乾めがけて。
「わざわざこちらを向いて噴き出す事はないだろう、…」

 煩い!ちゃんと下敷きで防いでたんだからイイでしょっ。

 顔の横に下敷きを立てて、私の噴き出しを防いでいた乾には構わず、咳き込みながら不二を睨む。
「な…何でいきなりそうなるワケっ?」
「だって君が呼び捨てでいいって言うから」
「だからって何で下の名前なの!? 私は"さん"付けを止めてって言ったの!」
「じゃあ、ちゃん」
「ちっがーう!!」

 どういう脳内変換してるのよっ?

 私が幾ら声を荒げて言っても、不二は爽やかな笑顔で受け流す。なーんで、私だけこんなに疲れなきゃいけないの…?
「どうして下の名前で呼ぶのは駄目なんだ?」
 周りがノリの合わない二人の口論を見物していた中、大石が困惑したように訊いてくる。
「あー私、転校が多かったからあんまり名前で呼ばれるのって慣れてないの。だから、ってのは勘弁して?」
 申し訳なさそうに手を合わせながら許しを請う私に、不二は少し沈黙した後、笑顔で答えてくれた。
「うん。君がそう言うんなら、って呼ぶよ」
 その返答に、私は胸を撫で下ろす。……けれど、ここで終われないのが青学メンバーな訳で。
「だが俺のデータによれば、立海の真田達は下の名前で呼ん…」
「だ―――っ!!」

 何でそう、話を蒸し返して悪化させるようなコト言うかな君はっ?

 乾の余計な一言に私は咄嗟に叫びながら彼の口を塞ぐ。
 しかしそれも虚しく、私は背後に不穏な空気を感じて、ギギギィと首だけで振り返る。
 そこで見たのは予想通りな不二の微笑み。

 ヤバ…このままじゃ何されるか判らない……!!

 なぜか知らないけど、頭ではなく直感がそう訴えているのに、どうするか対策を考えていると、急に乾の口を塞いだままだった手が掴まれているのに気付いた。
「そろそろ離してくれないか、
 振り向くと私の手を掴んで退けながら大きく呼吸をする、乾の顔が間近にあった。
「……………」
 乾の顔を暫らく眺めて、ヒョイとかけていた眼鏡をあっさりと取ってしまう。
「「「!!?」」」
 私の行動に、声にならない驚きをするレギュラー達。しかし私の背中で乾は隠れていたから、彼の素顔を見たのは私だけ。
 部室に流れる奇妙な沈黙の中、私は取った乾の眼鏡をかけてあげてから、サッと身体ごと振り返る。
「 ふぅー。」
 そして何かの達成感と共に、再び爽やかに汗を拭った。掻いてないけど。
「って何なんスか!? その"ふぅー"はッ?」
「ナニっ?何を見たの!?」
 そんな私に桃城や菊丸らが騒ぎ立てる。どうやら彼らも、乾の素顔は見たことがない様子。

 いやー、低いながらもイイ声につられて思わず取っちゃったよ。
 やっぱ好奇心には勝てないねー。

 未だに騒いでいる菊丸達には構わず、一人納得していると、唐突に聞こえた感情のない声音。
「――何をしている」
 出入口ドアの前に腕を組んで立っていたのは、生徒会の仕事で不在だった手塚。
 その登場に、一瞬にして硬直する部員達。

 な…え?いつの間に!? てか、気配無ッ……!!!

 戸惑うもこのままではマズイと思った私は、即座に立ち上がってハリセンを手に掴む。
「パス」
 桃城にハリセンを渡した後、私は越前の腕を掴んで手塚にめがけて走り出した。
「手塚――っ!」
 叫びながら手塚に抱き付くも勢いが余り過ぎたのか、手塚は胸の辺りを押さえて咳き込む。あ…やり過ぎた?
「ケホ……突然何をするっ…何故、お前がこの部室にいるんだ?」
 顔を歪ませて訊く手塚に、私は自分が持てる全ての技術を駆使して、被害にあった不幸な少女を演じ始める。越前の腕を掴んだまま。
「それがね。私・何もしてないのにィ、桃達に水をかけられて服が濡れちゃったのね。でも不二がジャージを貸してくれたから、お礼を言いにここへ来たんだけど、桃や菊丸が中に入れって誘うの。あ、勿論私は断ったんだけど、言う通りにしないとあのハリセンでおしおきするって脅すんだよ〜っ」
「「「!?」」」
 私が必死に事情説明したのに対して、桃城達が驚いて絶句しているけど構うもんか。
 少し改竄してるかもしれないけどそこはお茶目な間違いってコトで!だってこのままじゃ、私まで校庭を走らされちゃうじゃん。
「お前、さっき手渡ししていなかったか?」
「それは錯・覚!」
 少し困惑しながらも冷静にツっ込む手塚に、私は力一杯否定した。そして仕上げというか、トドメの一言。
「おまけに下着まで見られて……私もう、お嫁に行けなーいっ」
「「「え!!?」」」
。越前が死にかけてる」
 おいおいと泣き崩れる(演技をしている)私の爆弾発言に、あの場にいなかった者達が驚愕する中、いつの間にか横にいた不二が穏やかな口調で言う。
 それに振り向くと余りに熱が入っていた為、説明と一緒に腕をブンブンと動かしていたから、掴まれたままの越前がフラフラになっていた。

 あ、ゴメン越前……。

 彼に被害がいかない為に連れていたのだけど、逆に被害を被ってしまったみたい。
「あぁ!可哀相な越前…っ。私がおしおきされそうなのを果敢にも止めようとしてくれたのに、意地悪な先輩二人にこんなヒドイ目に遭わされるなんて……!!」
 しかし私はフラフラの越前に抱き付きながら、哀しむフリをして罪を桃城達に押し付ける。自分でやったことを棚に上げて、それすらも手段に使う私って凄い。
「先ぱ…苦しぃ……っ」
、越前が本当に死にそうだから放してあげなよ。――ていうより、そろそろ本気で止めないと僕が黙ってないよ…?」


 ―――バッ!


 背後に立っているから見えないけど、間違いなく笑顔で言う不二の台詞に、不穏なモノを感じ取った私は反射的に越前から身を剥がした。やっぱ、ちょっとやり過ぎた……?
 不二のことは無視して、私から解放されて咳き込みながら気分悪そうに屈んでいる越前を本気で心配していると、手塚が戸惑い気味に不二に訊いていた。
「…の話だが、本当なのか?不二」
 その質問に驚いて少し間を置きながら、不二は確信を持つように笑顔ではっきりと手塚に答えた。
「本当だよ。まったく桃も英二も、女の子相手にヒドイよね。僕や越前が止めに入ってなかったら取り返しのつかないコトになってたよ」

 手塚、人選ミス。

「そう…なのか?」
「うん。特に下着の辺りが」

 いや、そこだけ強調しないで(切実)。

「何だよソレー!黙って聞いてれば好き勝手言っちゃって。不二との裏切りモノ――!!」
「部長っ。先輩達が言ってたコトは嘘!全部嘘っスから!!」

 半分はホントじゃん。

 当事者である筈の私は、部外者を決め込んで彼らの会話に耳だけ傾けて越前を介抱してあげていると、不意に髪の毛を引っ張られているのを感じ取った。
 しかしそれは引っ張るというより、やんわりと持ち上げられている感覚。振り向くと、手塚が真剣な表情で私の髪の一房を掴んでいた。
「まだ湿っているじゃないか。ちゃんと乾かしたのか?
 溜め息混じりに言う手塚に、私は気まずい苦笑で誤魔化そうとする。
「あはは…それが、持ってたタオル全部・濡れた服とかに使っちゃったから、髪は自然乾燥ー…ホラ、今日って暑いからその内乾くかなぁーって」
 空笑いしながらフォローしてみるけど、みんなの呆れたような視線は変えられなかった。
「どうしてお前はそう大雑把なんだ…」
 手塚も呆れ顔で言いながら、掴んでいた私の髪を放す。
 そして乾に頼んでタオルを出して貰い、手塚が私の頭に被せてくるので仕方なく、それで乾かすことにした。その間に手塚と乾が、今日の部活での内容や反省点を私の頭上で話し出す。

 なんかヘンな感じだなー。
 手塚も乾も私とは頭一つ分くらい身長が違うから、二人に囲まれちゃうと傍から見た私って凄く低く見えてるんじゃない?
 ……どうでもイイけど、後でやってよ…。

 そう思いながら適当に髪を乾かしていると、近くにいた越前が不機嫌そうな表情でいたのに気付く。
「どうしたの?越前」
「別に…何でもないっス」
 尋ねる私に否定する越前は、どう見ても拗ねているようにしか見えなかった。そんな彼に首を傾げていた時、乾との話を終えたらしい手塚が、みんなの方を向いて指示を出した。
「よし、桃城と菊丸はグラウンド20周。と乾は帰って構わないが、他の者は部室の掃除だっ」
「「「え―――ッ!!?」」」
 突然の命令に、そこにいたほぼ全員が不満の声を上げた。特に菊丸と桃城。まぁ、当然といえば当然か。
「また、どんな手口を使ったんですか?乾さん」
 手塚の指示に意図的なモノを感じた私は、隣りに立つ乾に意地悪く尋ねる。
「それは企業秘密だ。じゃあ、俺はこの後調べモノがあるから先に失礼するよ」
 いつものペースを崩さぬまま、そう言って乾は素早くスポーツバッグを持って、部室を出て行ってしまった。

 侮りがたし!! 乾 貞治!

「何で俺と桃だけグラウンド20周なんだよ――っ?」
「そーっスよ部長!もう、部活は終わってるんスよ!?」
 乾の離脱に気付いていない菊丸達が手塚に抗議しているけど、手塚は全く気にした様子もなく言葉を続ける。
「己の胸に訊いてみろ!」

 一体、私と不二の言葉をどう解釈したのやら……。

 力強く言われた桃城と菊丸は取り敢えず、自分の胸に手を当てる仕草をしている後ろで、副部長である大石が手を挙げる。
「手塚。英二達の校庭ランニングはよしとして」
「よくない!」
「俺達の部室の掃除って言うのは?」
 菊丸のツっ込みを軽く流しながら訊いた大石の質問に、残りのメンバーもうんうんと頷く。
「部室の全体掃除と言いたいところだが、今日はその缶やアイスのゴミを片付けて貰うだけだ。恐らく河村の差し入れだろうが、後片付けはキチンとするように」
「なんだ、そんなことか。OK。ちゃんとみんなで片付けるよ、手塚」
 腕組みをして説明する手塚に、大石は納得してその任を進んで承ける。海堂や河村達も部室の大掃除でなくて、安堵していた。
「手塚。僕はを送って帰ろうと思うんだけど、先に一緒に帰ってもいいかな?」
 今度は不二が手塚に訊きながら、私の肩に手を置いて引き寄せる。ちょっとー、今ボサボサになってた髪を整えてたのに邪魔しないでよー。
「って、不二!体よく逃げようとしてるな――っ!」
「そういう英二は、早く走りに行かなくていいの?」
 喚く菊丸に不二は笑顔で訊き返していたけれど、『余計なコト言って僕の邪魔なんてしたらどうなるか判ってるよね…?』と目で脅しているのに気付いた菊丸はうっ、と呻いて冷や汗を垂れ流しながら突然走り出す。
「ちくしょ――っ!青空なんか大ッ嫌いだー!!」
「あっ!待って下さいよー英二先ぱーい!?」
 理不尽さのブツけどころが見つからない菊丸は、そう叫びながら走り去る。それを追って、桃城も部室を出て行った。

 うわー…なんか、すんごく可哀相な菊丸。
 こんな友人を持ったばっかりに………合掌。

「なんか、失礼なコト考えてない?」
「いえ、全然」
 爽やかな笑顔で訊く不二に、私も無邪気な笑顔で返す。やっぱり、君は敵に回したくはないね。
「じゃあ、帰ろうか」
 そしてごく自然に一緒に帰ろうとする不二が、片方の肩に自分のスポーツバッグをかけ、片方の手で持ってきてくれた私の鞄を受け取りながらお礼を言う。
 しかしそこで大事なことを思い出し、手塚が気付いていないことを確かめて振り返った。
「越前」
 小声での呼びかけに、キョトンとした顔で振り向いた彼に、私は無意識に微笑んで続けた。
「一緒に帰ろ?」
 その誘いに越前は戸惑いを見せていたけど、手塚が大石達との話に集中してこちらに気付いていないと判ると、自分のバッグを掴んで駆け寄って来た。
 三人揃ったところで、ここでも気付かれないように慎重に部室を後にする。
 そして無事に抜け出せたことに可笑しくなって、私は思わず両脇にいる不二と越前の腕にとび付いた。
「えいっ!」
 走り込むような勢いでとび付かれた二人は、それに驚きの声を上げた。
 越前はテレたような困惑の表情で、不二は呆れたように苦笑い。

 んー、こういうのなんて言うのかな?
 …両手に花?って、それは逆か。

 そんなことを考えながら、逃走(?)を果たした三人はそのまま取り留めのない会話をしながら、それぞれの家へと帰って行ったのだった。




















 その後に残ったメンバー達がどうしたかなんて知りませんが。
 大方、大石がどうにかしてくれたでしょう。

 後で菊丸と桃達に文句を言われそうだけど、不二が全て牽制してくれるので問題ないです(確定?)。


 ――とまぁ、これが私達の日常な訳で。

 青学テニス部のメンバーはいつもこんな調子で、仲良く楽しくやっております。





 †END†





初出 04/05/20
編集 07/10/11