女子部の部室で着替え、帰宅の準備を済ませた私はコートを挟んで向かいにある男子部室へ来ていた。 そして用事を済ませる為に、部室のドアを強めに叩く。 別にこのまま開けちゃってもイイんだけどねー。 着替えてる人もいるかもしれないし、その辺は弁えてるつもり。常識だよねぇ。 「…あ、さん」 応対に出て来たのはやはりというべきか、既に制服に着替えた不二だった。ドアの陰に私を見つけると、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。 ま、元より不二に用があったから手間が省けて良かったんだけど。 「ジャージありがと、不二。洗って返すね」 「別にいいのに」 「ダーメ。こういうのはキチンとしなきゃ。どの道、濡れてるから乾かさないと返せないよ」 笑顔の不二に私は人差し指を立てて説得するように言い返す。そのまま返すなんて恩を仇で返すようなコト、この私がする訳ないでしょ? 「不二。誰か来てるのか?」 その時、部室の中から聞こえてきた声に振り向くと、出て来たのはタカさん。 「あ、丁度いいところに来たね。今・みんなに差し入れを配ろうとしてたところなんだ。君も入りなよ」 優しそうな表情で入るのを勧めてくるタカさんに驚いて、私は戸惑いながらも訊き返した。 「でも、男子部の部室に女子は入れないんじゃ……」 「平気だよ。もうレギュラーしか残ってないしね」 躊躇う私に、不二がにこやかに誘ってくる。 けれどレギュラーしかいないのは当然で、部長である手塚が生徒会の仕事で出られないことや顧問の竜崎先生も不在で他の部員達は午前中で練習を切り上げ、レギュラー陣だけが午後も続けて練習をしていたのだ。それに私は参加していた。 「一応、人数分持ってきたんだけど、手塚がいないから余りそうなんだ。だから貰ってくれないかな?」 渋る私にタカさんが少し困ったような顔で言うから、その好意に甘えることにした。 このまま悩んでいても、横に立つ柔和な笑顔の裏に腹黒さを隠し持つ不二に、今にも『受けろ』と脅さんばかりの爽やかスマイルを向けられそうだったのを気配で感じたから…。 「じゃあ、そうさせて貰うよタカさん」 笑顔で答えるとタカさんが嬉しそうな顔で、私を部室へと招き入れてくれた。 部室に入ると、手塚を除いたレギュラーと乾も制服に着替えていて、タカさんが持ってきたらしいクーラーボックスを囲んで集まっていた。 「あっ先輩!」 「ヤッホー♪もタカさんの差し入れ貰いに来たのかにゃ?」 入って来た私に気付いて、真っ先に声をかけてきたのは桃城と菊丸。 なんだ、君達復活してたの。つまらん(酷)。 「アイスとジュースがあるから、どっちも好きなの貰っていいよ。種類バラバラだから、早くしないと好きなの取られちゃうかも」 タカさんが言ったようにクーラーボックスの中を覗くと、様々な種類のアイスやジュースの缶が所狭しと入っていた。 ……ってコレ、人数分より多くない…? 私が身を屈めて大量のアイスとジュースを覗き込んでどれにしようかと選んでいると、懐かしい物を見付けた。 「うわー…恐竜のたまごだぁ」 「何スか?それ」 苦笑しながらそのアイスを取り出してみると、横にいた越前が不思議そうな顔で首を傾げる。 あーそっか。 越前は帰国子女だから、こんな日本特有のアイスなんて知らないか………の前に、これは日本製だったか? 「これは『恐竜のたまご』って言ってね。見ての通り、卵型のアイスだよ」 越前の問いにアイスを戻しながら答える。けれどやっぱり物珍しいのか、越前は再び質問をしてくる。 「でも、どこから食べるんスか?」 「上の部分に突起のような物があるだろう。そこを切って吸うようにして食べるんだ。シンプルな形だが、侮ってはいけない。そのアイスを包んでいるゴムは、中身が少なくなると元に戻ろうとする収縮作用が働き、油断していると突然中身がとび出る場合があるから、最後の方は注意して食べなければいけないんだ」 「そうにゃんだよねぇ。俺も小さい頃、これ食べてて顔に直撃したコトあったからちょっと苦手ー」 乾の長台詞の後に少し情けない表情で言う菊丸に、私の後ろに立つ不二がクスっと笑う。 「英二って結構ドジだね。そんなコトするの、裕太だけかと思ってたよ」 愉しむように言う皆が沈黙する中、私は不思議そうに振り返った。 「ゆうたって…不二の弟?いるの?」 「あ、うん。一つ下の弟がね。学校は違うんだけど…コレがまた、からかうと面白いんだ」 「へぇー…」 不二は愉しそうに言うけど、きっと弟にとっては迷惑極まりないんだろうなと思った。可哀相な弟君……。 そこにいたほぼ全員がそう考えて固まっていたのを一気に現実へ引き戻したのは、全く空気を読めていない桃城。 「んなコトより、早くアイス食いましょうよ!! 俺もう、暑くて腹減って」 「そうだな。折角タカさんが持ってきてくれたんだ。みんな、早く貰おうか」 騒がしい桃城の後、大石が言うのに全員が頷いて視線はクーラーボックスへと注がれる。 どうやら皆この暑さに参っていて、その上練習後となれば冷たいモノが欲しいみたいだ。 そして一番に食らい付こうとしたのが、言わずと知れた桃城。 「よっしゃー!俺、恐竜のたまごもーらいっと」 勢いよく差し出した手は、反対から出されたもう一つの手――海堂の手とブツかってしまう。マズイ…この展開は……。 「てめぇーマムシ野郎。これは俺んのだぞ」 「知るか…早い者勝ちだ」 睨み合う二人がかざす手の下には、さっき話題になったアイス――て、二人共たまご狙いかいっ! 「だったらやっぱ俺のモンだ。俺の方が早かった」 「何フザけたこと抜かしてやがる。俺の手の方が早い」 「んだと?ウソつくんじゃねー!大体、マムシがたまごなんて食うんじゃねぇよ。喉に詰まっちまうぜ」 「なんだとっ?」 桃…ソレ、微妙にズレてる……。 「やめなって二人共。アイスなら他にも沢山あるっ…」 「てめぇ、ケンカ売ってんのか?」 「そりゃそっちだろ。普段から不機嫌そうな面しやがって、ムカつくんだよ」 「この顔は元からだっ。てめぇこそ、いつもヘラヘラしやがって。そんなんだからナメられるんだよ」 「何ィ!?」 私が止めに入ろうとするも、全く聞き耳を持たない二人の口論はエスカレートし、ついには互いの胸ぐらを掴み始めた。 何でこの二人はいつもこうかなぁ…っ。 まぁ、二人が仲良くしてるってのも想像出来ないけど! ―――スパァァン!! 流石の私もこれ以上我慢は出来なくなり、勢いよく立ち上がって二人にハリセンをお見舞いした。 「も――!イイ加減にしなよ二人共っ。君達のせいでみんな困ってるでしょ!?」 プシュ〜、と床に沈んでいる桃城と海堂に、私は腰に片手を当ててハリセンを振りかざしながら言い放つ。 まったく、折角の楽しみが台無しじゃないの。 君達だけの物じゃないんだからね。 しかし気付くと、一部のメンバーは豪快な止め方をした私への対応に困っているご様子。 「先輩。どうしたんスか?そのハリセン…」 越前も少し怯えた猫のように尋ねてくる。 その可愛さに、私は満面の笑顔で越前の頭を撫でた。 「コレ?乾から授かったおしおきアイテムだよー。でも、越前には(多分)使わないから安心して」 無邪気な声を使って越前に言っている後ろで、幽体離脱を終えた(恐)桃城と海堂が叩かれた頭を擦りながら起き上がっていた。 「ぃててて…。先ぱーい、少しは手加減して下さいっスよ。ソレ・マジ痛いんスからっ」 アレでも手加減してるんだけど。 「…………っ」 あらら。薫ちゃん、初ハリセンでちょっと放心気味? 「君達がケンカなんて始めるからいけないの。言っても聞かないから、実力行使に出たまで……何か不満でも?」 文句を言う桃城に、越前に背を向けて声のトーンは変えぬまま、坐り込んでいる二人に冷ややかな視線を向ける。 無論それに反論出来る筈もない二人は、必死に首を横に振った。 「でも、女の子がこんな物を持つのは感心しないな」 そう言って、横から大石が私からハリセンを取り上げてしまった。 「あっ、返してよ大石」 「駄目だ。危ないだろう?…乾、女子にこういう物を渡しちゃ駄目じゃないか」 慌てて返して貰おうとするけど、誠実の塊みたいな大石があっさり返してくれる筈もなく、部室にある長椅子に座っている乾に渡そうとしていた。 にゃー!折角のアイテムをーっ!! ……よぉし。こうなったら取り返すよりもムリやり納得させた方が早い! 「あーそれって偏見。今や物騒な世の中、女の子が武器を持たずしてどうやって身を守っていくのよ?」 「え…?」 少し大袈裟な声で、真剣な表情を作る。 所謂、押してダメなら同情させて押してみろ作戦。え?同じ?イイじゃんかっ。 「もし恐いヤクザのお兄さんや痴漢のオッサンに襲われた時、何も持たないか弱き少女はどうすればいいの…っ?」 大石の前で演技を入れながら私は泣き落としを始めた。その責められているような状況に、大石は狼狽えるばかりだ。 「そ…それは」 困って目を泳がす大石に、今度は顔を背ける。よし!もう一押し。 「そうなったら私は何の抵抗も出来ないまま、奴らの思うツボ…例え助かったとしても、私は毎晩、涙で枕を濡らすんだろうなぁ。あの時、ハリセンさえあればあんなことには……!!」 はっきりいって言ってることはメチャメチャだけど、こういう真面目なタイプを説得するには素直に要求するより、多少は無理があっても人情に引き込ませた方が簡単だ。 「そ…そうだな。女の子が何の用心しないのは危ないよな……悪かった。これは返すよ」 案の定、大石は私の言葉に踊らされハリセンを返してくれた。 「ありがとう…っ」 私は精一杯の作り笑顔で答えた。 そんな二人の後方では何事もなかったように、不二達が先に差し入れの物色を始めていたのはいうまでもない……。 |