乾を含めた私達四人は、そのままお喋りをしながら水飲み場へと向かった。 その目的地に着こうとしていた時。先に水飲み場にいた菊丸が、慌てた声で叫ぶ。 「――危ない!!」 「へ?」 話に夢中だった為、前を見ていなかった私はその声で振り返るも、時既に遅し。 ―――バシャンッ! 視界と感触を支配したのは、冷たく透明な水飛沫。 「「あ……」」 引き攣った数人の声が、蛇口にホースを付けて水遊びをしていたらしい桃城の所為で、水を浴びてしまった私と越前に向けられる。 近くにいた筈の不二と乾はしっかり避難して無事だしさぁ…っ。 「わぁ…ビショ濡れ。大丈夫?、おチビー」 そんな私達を、桃城と一緒に遊んでいた菊丸が呆れとも憐れとも取れる表情で心配するのに、私は答えなかった。 同じ状況である越前も無言だったけど、真正面でモロに被ってしまった自分と違って、私の陰にいた彼は頭にかかる程度だったから驚いているだけのよう。 「桃……っ」 水の滴る髪を揺らしながら私が低い声で彼を呼ぶと、放心状態だった桃城が今になってやっと慌てふためき出す。 「わ――ッ!すみません先輩!! つい、手元が狂っちゃって…でも、先輩にかける気なんて全然なかったんス!」 必死に謝罪してくる桃城に、私は上目遣いで疑わしい視線を向けた後、溜め息を吐く。 「……イイけどねぇー。暑かったから丁度涼しくなったかも。ね、越前?」 素直に謝ったことに免じて、私は濡れて邪魔になる横髪を掻き上げながら、桃城から越前へ振り向く。 「!?……ッ」 するとなぜか越前は驚いたように目を見開いて、慌てて顔を逸らした。心なしか、顔が赤い。 「どうしたの?」 「「!!」」 不思議そうに訊いたのとほぼ同時に、他のメンバーも私を見て越前と同じような反応を示す。 「さんっ」 そんな彼らに怪訝な表情で首を傾げていると、不二が慌てたように私の許へ駆け寄って来た。 「何…わぷっ」 その声に振り向くと、目前に立った不二が着ていた筈の上着をいつの間にか脱いでいて、私に無理やり着せてくる。そしてそのまま、身を屈めて肩に顔を落としてきた。 「(服、透けてる)」 耳元で囁かれた心地良い声に瞬きした後、私は含み笑いをした。 あぁ、そういうコトね。 つまり桃城に水をかけられたことで着ていたウェアが濡れ、多分下着が見えてしまったんだろう。だから、菊丸達が固まったんだろーねぇ。越前なんて隣りにいたから普通に見ちゃったろうし。 全てを理解した私は、未だに顔を逸らしている越前を見て思わず微笑んだ。 こんなことでテレちゃうなんて初々しいねぇー。 からかいたいけど、ココは我慢かな。 「越前」 「わっ…」 悪戯心を理性で押さえて、私は持っていたタオルを越前の頭に被せた。 「そのタオルは無事だったから、それで髪乾かしておいで。服も少し濡れてるみたいだから、早く着替えた方がいいよ」 ニコッと笑って手を離すと、越前は見上げていた顔を俯かせて、被っているタオルの端を掴む。 「どうも…」 そう言って、越前は名残惜しそうにその場を後にした。 あー、あのまま頭をわしわししてやりたい…っ。 越前の後ろ姿を見送りながら、私は再び可愛がりたい衝動に駆られるが、それよりやらなければいけないことを思い出して菊丸達へ振り返る。 「ところで、菊丸・桃」 二人を見据える私の表情はどこか冷たく、その声の変化にも気付いた菊丸達は無意識的に身体を強張らせた。 「……見た?」 実際に驚いていたのだから、訊かなくても判り切っていることを改めて口にすると、二人はブンブンッと大袈裟に首を左右に振る。 「み…見てにゃいっ見てにゃい!」 「俺も、先輩の下着が水色なんて知りませんから!!」 「バカ、桃!」 桃城墓穴。 まぁ、人間焦ってると思考が回らなくなるモンねー。 自ら地雷を踏んだ桃城に菊丸がツっ込むが、状況は変わらないどころか悪化した。 「ふぅん…」 二人をどうしてくれようかと思案するように呟く。 その時、いつの間にか私の隣りにいた乾が相変わらずのペースで、どこからともなくノートを取り出していた。 「今日のの下着は水色…」 「メモんなそこ」 そんなデータが一体何の役に立つんですか乾博士。教えろ。 視線は菊丸達のまま真顔で乾にツっ込むけど、これはいつものコトだから無視!私は一歩、前へ歩み出る。 「…覚悟はイイかなー?二人共」 持っていたラケットを握る右手に力を込める。 表面上は笑顔でも、あからさまに険悪なオーラを全体から漂わせる私に、菊丸と桃城は『げっ!?』と声をあげて怯えている。 幾ら不可抗力だからって、乙女の下着を見たコトになるんだから裁かれるのは当然だよねぇ? ……うん。今、全国の清純乙女達から承諾を貰いました(嘘)。 あ、越前は良いのです。可愛いから。 私が独断と偏見で自己決断していると、そこで不二ではなく乾に止められる。 「まぁ待て。そのままじゃ(ラケットが)大変な事になる。これを使え」 と言って乾が取り出したるは、なぜかハリセン。 「(何でンなモン持ってんのかは訊かないけど)取り敢えずありがとう、乾」 乾からそのハリセンを受け取って、菊丸達へと向き直る。 そして一呼吸置いた後、私は思いっきりハリセンを振り上げた。 「――天誅!」 「「うわぁ――ッ!!?」」 数秒後。 「ふぅ」 激しい運動をしたことで、掻いてもいない汗を爽やかに拭う私。 その後ろには、動かなくなった菊丸と桃城が屍となって転がっていた。 「じゃ、私着替えてくるから。その生ゴミの処理、お願いね不二」 「了解」 無邪気な笑顔に半分も袖から出ていない手で軽い敬礼をしながら、この場を不二に任せて、私は女子部の部室へと向かった。 フッ…つまらない殺生をしてしまったわ(笑)。 |