――5.


 彼女は、振り返りながら言った。

 『――君達には初めて見せる、私の真剣試合だから』

 不利である筈の状況下で、尚も楽しそうに微笑って。
 コートへと向かう、その背は。

 『特とご覧あれ』

 眩しくも、遠くに思えた。




















 翌日に、部活へ集まっていた越前や桃城達は。
 から聞かされた言葉に驚きを隠せない様子だった。

「こっちの練習にはもう参加しないんスか!?」
「違う違う。参加はするけど、一緒に出来るのは土日だけ。平日は女子部の方でするコトになったから」
 笑顔で説明する彼女に、桃城は不満そうな声を上げていた。
 隣りの越前は、なぜ急にそんなことになったのかが気になった。あんなに、男子部での練習が楽しそうだったのに。
「……何かあったんスか?」
 呟くように問うと、は振り向いて目を丸くした。けれどすぐに笑って。
「まぁ色々あってね。一応、私も女子部部員だから自分でお願いしたの。試合に出る以上は、向こうとも仲良くしなくちゃね〜」
 無邪気に笑いながら言って、彼女はその場を離れて行った。「練習頑張るぞー」と気合を入れながら桃城達と共にコートへ駈けて行く。
 その時の越前は、相変わらず元気な人だとしか思っていなかった。けれど視界の隅で、同じように彼女を見つめている不二に気付いた。――いや、不二だけじゃなく菊丸や大石達もだ。
 そういえば、レギュラーの三年生だけはから聞かされた内容に驚いてはいなかった。
「……先輩に、何かあったんスか?」
 不意に訊いた越前に彼らは顔を見合わせ、不二は微笑った。
「まぁ…色々とね」
 と、同じことを言う不二に越前はあからさまに顔を顰める。
 だがこれ以上誰に訊いても、答えてはくれないのだろうとも思った。

 それでも確実に、何かが変わっているような気がした。










 ―――同時刻。
 手塚は職員室の窓からテニスコートを見下ろしながら。
 教員机に向かう、竜崎先生へと問いかけた。
「……始めから、判っていたんですか?」
 何が、と先生は返さなかった。椅子に深く座り直して、手塚へと振り向く。
「…まぁ、予想以上じゃったけどな」
 苦笑しながらも満足そうな笑みに、手塚は黙ったまま昨日のことを思い出す。
 手塚を含めた三年男子レギュラー達は、その時初めての試合姿を目にすることになった。
 それは女子部を含めた、彼女に反感をもつ者達へ対して説き伏せる為の、ある意味、実力行使に近いやり方だった。
 だがある程度、予想は出来た展開だ。寧ろ、乾や本人は判っていたのかもしれない。そしてそれを招いた竜崎先生も。
「で、どうじゃった?見たのじゃろ、アイツの試合」
 促すように問う彼女に、手塚は意味のない溜め息を吐いて再び窓の外を見た。
 眼下のテニスコートでは、今も達が楽しそうに話している。
「……いえ。あれは実力の半分しか、出していなかった」
 あれは、見せる為の試合だった。
 勝敗に集中しているのではなく、観戦者を意識したプレイスタイル。
 隙がなく、技の一つ一つが基本に忠実で。それでもは圧倒的な実力で勝利した。
 だからその場にいた誰もが、目が離せなかった。
「きっと、あの場にいた皆がアイツを認めたでしょう」
「――お前さんも、かい?手塚」
「………どうでしょうか」
 見透かしたような視線に、そう返したのは手塚の反発心からではない。それ以外、答えようがなかったからだ。彼にも不器用な処があるということ。
 けれど、少なくともに対する見方は変わった筈だ。選手として、仲間として。
「……じゃが手塚。覚悟を持っていた方が良いかもしれぬ」
「覚悟…?」
 その言葉に、手塚は怪訝な表情を向けた。一体何に対して、のだろうか。
「ずっと…同じでは居れんという事じゃ」
 そう言って竜崎先生は黙り込む。手塚は無意識に、窓の外を振り向いた。
 きっとに対してのことだったのだろうが、手塚にその言葉の真意が判る筈もなく。
 どちらにせよ、彼女を中心に何かが変わっていくのだろうと、部員達と話すを見ていた。
 と、不意にが顔を上げ、こちらを仰いで。

 目が合った気がしたのは。

 彼女が、微笑っていたから―――





 †END†





初出 06/12/04
編集 07/09/15