放課後になり、は一人でテニス部のコートへと向かっていた。 本当は不二や菊丸と一緒に行く筈だったが、転校生にとってお約束の同級生達の質問攻めや遅刻したことで省かれていた学校長への挨拶に教師からの学校説明やらで遅れそうだったので、二人には先に行って貰った。 その際に不二が一人でテニス部の場所が判るのか、と心配していたが教室の窓から見えて知っているから大丈夫などと適当に誤魔化した。 まさか、朝にある少年と試合をしたから知っているとは流石に言えない。 図書館らしい建物を通り過ぎて、校舎の壁を抜けるとすぐにテニス部のコートが見えた。 朝には誰もいなかったそこには体操着姿で手にラケットを持った者や、運動しているテニス部員達で溢れていた。 普通に見ても多い部員数に、はそれだけの生徒が集まる程に青学は強いと言われているのだろう、と愉しそうに、また冷たく笑った。それはいつもの微笑ではなく、嘲うかのような笑み。 そして、がコートを囲むフェンスの前に着いたその時、部室からユニフォームに着替えた菊丸と不二が出て来ていた。 「あ、!来てたんだ」 菊丸は手を振りながら、の許へと駆け寄った。その後ろからマイペースに不二も歩いて来ている。 「菊丸君。…それって、レギュラージャージ?」 振り向いたは彼等が着る、青と白を基調にした"SEIGAKU"というロゴ入りのジャージを目にして、興味津々な表情をした。 「そだよ。俺も不二も青学レギュラーにゃんだー」 エヘヘ、と照れながら胸を張る菊丸に、は不二と交互に眺めながら嬉しそうな笑顔を見せた。 「へぇー凄いね。二人共、強いんだ」 「僕達だけじゃないよ。青学には、他にも強い仲間がいるんだ」 「……そう、なんだ」 不二の言葉には顔を逸らしてコートの方へと向けた。 その時の彼女は何かを企む子供のような表情をしていたが、見えない二人はただ顔を合わせて首を傾げる。 それを余り気にしなかった菊丸はが見ているコート内に、同じレギュラージャージを着用した仲間を見つけて、の前に回り込みながら彼女の手を掴む。 「っコートに他のメンバーがいるみたいだから紹介するよ!」 「え?わっ…」 無邪気に言いながら、手を引いて走り出す菊丸には何も答えられずに、コートへと連れて行かれる。 「ちょっと、英二っ?……」 止めようと不二が呼びかけるが菊丸の耳には届かず、コートへ向かう二人を溜め息をついて見送りながら、自分もコートへ向かうことにした。 「あーっ先輩!」 各自で既に練習を始めていた、菊丸と同じジャージを着ているレギュラーは四人いた。 その中で一番に彼等に気付いたのは、ビシっとセットされた逆立った髪型の桃城だ。その声で他の部員達も振り返る。 「遅いぞ英二。何やってたんだ」 「にゃははー。メンゴメンゴ」 その内の一人、爽やかな表情と少し変わった髪型が印象的な少年が菊丸に話しかけた。 後方にはバンダナを結び直している昼間に会った海堂と、その隣りにの知らない少年が立っていた。 怒られている菊丸がいつもの明るい調子で謝るのに対し、彼は困った表情で笑いながらやれやれと肩を竦めた。その時、後ろにいるがっちりした体格とは反対に、気の優しそうな少年が菊丸が手を掴んでいる少女に気付いて訊いてくる。 「英二、その子は?」 その質問に待ってましたとばかりに顔を輝かせての後ろに回り、彼女の両肩に手を置いて紹介を始める。 「よくぞ訊いてくれちゃいました!今日、3−6に入った噂の転校生ちゃんだよー☆」 噂のって何だ?と内心で呟きながら、菊丸に合わせて自己紹介をする。 「 です」 笑顔の彼女に見知らぬ少年二人は驚いた顔をした後、思い出したように手前の少年が再び爽やかな笑顔を見せた。 「あぁ、君が……俺は大石秀一郎。テニス部の副部長をやっている。それからこっちが…」 「河村 隆だよ。皆には"タカさん"って呼ばれてるんだ。宜しく」 大石に続いて、河村が前へ出て自己紹介をした。 「じゃあ、大石君にタカさんね。宜しく」 はしっかり憶えるように二人を眺めながら、改めて彼等の名前を呼んで微笑んだ。 「先輩!俺は"桃ちゃん"でイイっスよー」 「 遠慮しとくよ。」 一通りの紹介が終わったのを見計らって桃城が明るい声で言ってくるが、は微笑を浮かべたまま彼の方を振り向かずに即答した。 またショックを受けている桃城には構わず、少し離れた所にいる海堂に話しかける。 「こんにちは、海堂君。部活の時はバンダナしてるんだねー。似合ってるよ」 「…どうもっス」 にっこりと微笑むにどうしていいのか判らない海堂は、頭をペコっと下げただけだった。その二人の近くで、桃城がどこか周りに青筋を纏いながら沈んでいる。 そんな彼等の奇妙な光景に、菊丸達は少し憐れな者を見る目で桃城を見守っていた。だがその中で不二だけは、愉しそうな笑顔を浮かべている。 とその時、彼等の背後から声がした。 「……何やってんスか?先輩達」 聞き憶えのある、鼻にかかったような少年の声に全員が振り返る。 そこにはこの中では一番背が低く、白い帽子にレギュラージャージを着た越前が不思議そうな表情で立っていた。 「あっ越前――!」 その姿を見た途端、は他のレギュラー達の間を縫って越前の許へ嬉しそうに駆け寄る。 「うわ!? 何でアンタがココにいんのっ?」 とび付くように向かって来たに、驚きと疑問が交じって越前は躱すことが出来なかった。 その出来事に誰もが驚く中、叫んだのはいつの間にか復活していた桃城。 「だ――ッ!何でそんなに越前に引っ付いてんスか先輩!?」 引っ付くというより抱き付いているのに近いに、桃城が困惑した様子で訊くが彼女は平然と越前に引っ付いたまま答える。 「だって、越前は私のお気に入りだもん」 「「「!!」」」 爆弾発言にすら取れるの台詞に、そこにいた誰もが思わず固まる。話題の中心である越前でさえ、驚いてを見上げた。 その中で一早く己を取り戻したのは不二。 「越前。彼女のこと知ってるの?」 意外そうに尋ねる不二に、越前は視線を彼に移してどこか気まずそうに答えた。 「はい…まぁ、今朝会ったばっかっスけど。不二先輩の知り合いなんスか?」 「…さんは僕と英二のクラスに転校してきたんだよ。彼女もテニスをやるらしいから、英二が案内するって誘ったんだ」 その様子が少し気になりながらも笑顔で言う不二の説明に、越前はいつもの生意気そうな表情での方を振り向いた。 「へぇー…アンタ、年上だったんだ」 「失礼だなー。一年生にでも見えた?…けどまさか、君もレギュラーだったとはねぇ」 「ソレって驚いてるの?」 「納得、してるんだよ」 挑発的な態度の越前に、は笑顔を崩さず慣れてますとばかりに言い返す。 お互い名前以外のことは一切教えていなかったが、彼の実力は試合をした自分がよく知っている。 そのどう考えても単なる顔見知りに思えない二人の会話と雰囲気に、不二は顔を顰めるだけだったが、同じく不審に思った菊丸が大袈裟に抗議した。 「もう〜俺ら無視してナニ仲良く話してんだよーおチビっ!」 「別に、仲良くなんか…」 「そうだ越前!ズルイぞっ。先輩を差し置いて抜けがけするなんざいけねぇな、いけねぇよ」 「その抜けがけって何なんスかっ?」 菊丸に続いて桃城も一緒になって越前に集中攻撃を始めるが、越前からすればなぜそんなことを言われるのか判らず、彼にしては珍しく声をあげて不満をブツける。 しかしトドメとばかりにケロっとした様子で言ったのは、当事者である筈のだった。 「まぁ、私と越前は試合をしあった共犯者だもんね〜」 共犯者って何ッ!? の発言に、そこにいたレギュラー達が揃ってそう思ったのはいうまでもないだろう。 しかし不二だけは彼女の言った別の言葉に引っかかっていた。他の者達のように反応していたら、聞き逃していたかもしれない。 「試合、したの?さんと?」 半信半疑に、不二は桃城に捕まって首に腕を回されて半ば苦しんでいる越前に訊いた。その質問に、騒いでいた菊丸達や眺めていた大石等も彼の方に振り向いて返答を待つ。 確かに試合をしたからといって驚くことでもない。お互いにテニスをする者同士、手合わせしたくなるのはおかしくないことだが、それが越前となると話は別だ。 越前の性格からして彼から試合を申し込んだとは考えにくい。だからきっとから誘ったのだろうと思うが、その場合でも越前は断る筈だと考えるのは必然的な流れだった。しかも相手は女子。 より強い者へと挑み、上を目指そうとしている越前を知っている彼等は珍しいこともあるものだと、驚いていたのだが――。 周りの注目を浴びている越前は、その視線から逸らすように目だけを下に向けて悔しそうに呟いた。 「……ツイストサーブ、打ち返された」 「「「!!?」」」 そこにいた誰もが驚き、目を見張った。 部内で越前のツイストサーブは、誰もが知る彼の得意技だ。 見るのと対峙するのとでは威力の感じ方は異なるだろうし、越前だってそのサーブを返されたのは初めてではないかもしれない。 だがそんなことを初めて耳にする者達にしてみれば、驚いて当然だ。しかもそれが今日初めて会ったが破ったとなれば、その驚きは増すばかり。 しかしその本人は周りの視線を全く気にする様子もなく、平然としている。 「へぇー。あれって、ツイストサーブって言う名前なの?」 「オイ越前っ。試合ってからには、勝敗はどうだったんだ?」 軽い調子のを遮るように、乗り出すように訊いてくる桃城に越前は帽子で顔が隠れる程に俯いて、呟いた。 「…6−0っス」 「まぁ、私の圧勝だね」 「マジでーっ?おチビに勝っちゃうなんて、桃より強いんじゃない?」 「何でそこで俺なんスか!?」 越前のツイストサーブを返しただけでも驚くことなのに、あまつさえストレート勝ちしたとなれば、菊丸や桃城達が騒いでしまうのは仕方ないだろう。 「驚いたな。まさか、越前のツイストサーブを返すだなんて」 を囲んで騒いでいる彼等を、大石と不二が見守っていた。 無意識に顔を強張らせながら言う大石の隣りで、不二は深刻な表情で呟く。 「やっぱり……」 「不二?」 その呟きは大石の耳にも届き、怪訝そうに訊いてみるが不二が答えることはなかった。 ただ考え込むように、視線はに向けられている。 ――疑問に思うことがあった。 は恐らく、自分と同じ人種だ。 菊丸は気付いていなかったが、無邪気な笑顔にも時折見せる狡猾な双眸が彼女の内面を映し出していた。 けれど不二が最も気にかかっていることは、自分は確かに彼女を"知っている"ということだ。 そして彼女が越前に勝つ程の実力者ということで、間違いなくテニス関係であることは判った。だが今、不二がもっている確信は名前を知っていたことだけ。 何かが、足りない。 あと何か一つ、思い出せる要素がある気がして、不二は必死に記憶の糸を手繰る。自分の記憶力を悪いと思ったことはないが、この時ばかりは己の頭を呪った。 不二が黙考している間も、菊丸達はを中心に越前との試合の話で盛り上がっていた。その中で越前だけは憮然とした表情をしていた、その時。 「――何を騒いでいる?」 低く、硬質な声にその場にいた殆どの者が動きを止めて振り返る。 そこにいたのはレギュラージャージを着て腕を組み、無表情な顔に銀縁の眼鏡をかけた中学生ならぬ容姿をもった青年が立っていた。 「あ、手塚部長…」 その姿を見て、少し焦りを滲ませながら桃城が彼を呼ぶ。彼を一瞥して、手塚は表情を変えずに言った。 「開始時間はとっくに過ぎているぞ」 何かを射ぬくような双眸に、練習をしていなかったことに少なからず罪悪感があるのだろう。誰も答えないレギュラー陣を見渡していた手塚は、菊丸達に囲まれているこの場には不釣り合いな制服姿のに気付いて視線を止めた。 「……お前は?」 「えっと…」 その時、手塚が少しだけ驚いて目を見開いたように思えたが、は気にせずどう答えるべきか迷った。 しかし規律を乱すことを嫌う手塚にの口から説明させては彼女が怒られることになると思った菊丸は、咄嗟に庇うようにの前へ出て説明をする。 「あーっと、この子はウチのクラスに転校してきた。テニス部紹介しようと思って、俺が…」 「――ここは部員以外立ち入り禁止だ。用が無いのなら出ていけ。それと菊丸…いや、レギュラー全員グラウンド10周だ」 「「「えぇッ!?」」」 だが手塚は菊丸を遮り、に言った後レギュラー達に校庭ランニングを言い渡した。その命令に慣れている部員達も、今から走るとなれば不満の声があがるのは無理もない。 「何でだよっ?手塚ー」 菊丸が代表して抗議するが手塚の意志が変わる筈もなく、表情を緩めることも険しくすることもなく、毅然とした態度で言った。 「部外者を勝手にコートに入れたからだ。それに、開始時間を過ぎているのに練習をせず全員がお喋りとはどういうことだ?」 その状況に流石のもいたたまれなくなり、今度はが菊丸達を庇うように手塚の前に駆け寄る。 「待って、菊丸君も皆も悪くないよ。ココに来たのは自分の意志だし、皆の練習も私が止めちゃってたから…」 「部外者は早く出ていけ」 しかし手塚は有無を言わさぬ程に、全ての者を黙らせる声音でに言い放った。 取り付く島もない相手に、いつも明るい表情をしていたも顔を曇らせ、20cm以上の身長差はある手塚を見上げていた頭を地面に向けた。 それを見ていた者達は手塚が少し言い過ぎるように思えて、この中で最も良心的な存在の大石が声をかけようとするが、それは俯いたまま、なぜか愉しそうに呟くによって遮られた。 「恐いなぁー…」 そう言っては目の前に立つ、表情を変えることのない青学テニス部を束ねる部長――手塚を上目遣いで見上げた。唇には、不敵な笑みを浮かべて。 「……ホント、聞いた通りの堅物だね…手塚国光」 背を向けていたので手塚以外の部員達には見えなかったが、先程までと同じ無邪気な表情と声音で、それでも愉快げに知らない筈の部長のフルネームを呼ぶに誰もが僅かに驚いた。 そして、まるでその状況を愉しむように振り返ってレギュラー部員達をゆっくりと見定めるように眺める。そんな彼女に彼等はただ呆然とするしかなかったが、不二と越前だけはのペースに呑まれてはいなかった。 不二の方は寧ろ、こうなることを想定していたかのように落ち着いている。 「それに、このレギュラー陣も強者・クセ者揃いみたいだし……どうりで、真田や柳達が噂してた筈だね」 独り言のように納得して話すの言葉に出てきた人名に、大石が躊躇いながらも彼女に尋ねた。 「真田や柳って…もしかして、あの神奈川代表の立海大附属の……?知り合いなのか?」 中学テニス界で王者と言われている立海の名に、一年である越前以外の部員達が反応する。 それには一瞬、間を置いて首を傾げるように言った。 「あれ?言ってなかったっけ?私、立海から転校してきたんだけど」 そして鋭利なモノを感じさせて言うの返答に、大石達は驚き、不二は弾けるように目を見開いた。 「そうか…思い出した」 不二の中で疑問と記憶が繋がった。 そして彼が理解したことをまるで代弁するかのように、いつの間にか不二の横に立っていた体操着の下と上は白いTシャツを来た青年が、厚い眼鏡をかけ直しながら手にしたノートの内容を淡々と読み上げていく。 「―― 。一年の時から女子テニス部のレギュラーとして、男子部と共に立海大を全国優勝へと導いたチームの要。小柄ながらも持ち前の動体視力や天才的な実力は不二と同等か、或いはそれ以上。女子テニス界では最も期待されている選手だ。因みに、彼女はJr選抜に選ばれたこともある」 「それには、小学生の頃からも出場した大会全てに優勝しておる。ただ、一定の場所に留まってないのか神出鬼没じゃったから、余り知られておらんかった選手じゃ。中学に上がってからはずっと立海の選手だったみたいだが……まさか、青学に転校してくるとは思わなかったわい」 「乾…それに、竜崎先生も……」 大石が呟くように呼んだ乾の後に、一緒に来ていたらしい男子部の顧問、竜崎スミレが付け足すように話す。そのお陰で不二の記憶は確かなものとなった。 不二は前に女子部員の子から、その話を聞いたことがあったのだ。 『立海と試合した時、その中に物凄く強い女の子がいて、女子部で一番強かった子が全く歯が立たないどころか赤子のように翻弄されていた』のだと。 その時に彼はその選手に興味を引かれ、名前を訊いた。……それが、だったのだ。 新たに現れた人達を見て、はこれまでにない程、至極愉しそうな表情で微笑った。 役者は全て揃った――そんな言葉が頭を過り、に可笑しさを与える。 「君が、乾 貞治君か。話は少し聞いてるよ、確かに良いデータ力だね。…でも、今はレギュラーじゃないんだ」 まるで手の内は知っているかのようなに、これまで好意的だった桃城も少し疑い気味な様子で弱く言った。 「何で、その立海の人がココに…」 「言ったでしょ。転校してきたって。私はもう立海の生徒じゃないの……それはもう、向こうで割り切ってきたことだから」 は僅かに突き放したような言い方をして、呟くように顔を逸らした。その表情には決意と戸惑いが、一緒に同居しているように感じられる。 そんな中、全ての成り行きを見守っていた竜崎があることを思い付いて、徐ろにに尋ねる。 「お前さんは、ここでもテニス部に入るのかい?」 「一応、そのつもりですけど」 の返答に竜崎は頭の中で考えをまとめ、彼女にある提案を持ちかけた。 「だったらこうしないかね?所属は女子部名義で、練習はウチの男子部と一緒にやるというのは」 「え…?」 「竜崎先生!?」 唐突な話には勿論だか、他の部員達も驚いて竜崎を見つめる。 「こう言っちゃ悪いが、女子部でやるよりこっちで練習した方がお前さんには合ってるだろう?それに、今年からウチでもミクスドを導入することになってね。向こうにはわしから話しておくが、どうだい?やってみないか」 普通、女子が一人男子の中で一緒に練習するなんて無理だろうし、有り得ない。 しかしの実力を知っている竜崎は、それを提案した。彼女が並大抵の選手ではないからこそ、レベルとしては低くはないがまた特別高くもない女子部で燻らせるよりは、この男子部で練習させた方がお互いにも良い刺激になるだろうと考えたのだ。 「へぇー…」 それを聞いて、は恍惚な表情を浮かべて思案するように呟く。 自分は青学レギュラーの人達に同じ選手として挨拶をしに来ただけで、まさかこんな展開になるなど思いもしていなかった。 とはいえ、ただの挨拶で済ませるつもりはなかったにとっては、好ましくない提案ではない。立海にいた頃も、部活では稀なことに男子部と女子部で一緒に練習をしていたようなものだったので、彼女にしてみれば女子部だけの練習では物足りないのが本音だ。 それをこの、青学男子テニス部のレギュラー達と一緒に出来るとなれば、が断る筈もない。 が黙考しているのを、越前はなぜか自分でも判らない程に不安げに見つめた。また、違うが目の前にいることに。 出会った時とも試合していた時とも違う、愉しそうなに困惑すると同時に悔しい思いで複雑な表情をしている越前に気付いたは、彼に向けてゆっくり微笑んだ。 それは確かに越前だけに向けられたもので、そのまた余りに無邪気で綺麗な笑顔に、越前は思わず息をするのを止めてしまう。 「竜崎先生でしたっけ?面白いコト言いますね。私にしてみれば、願ってもないコトですよ。寧ろ、こちらからお願いしたい程です」 越前から竜崎に視線を戻して、どこか社交的な笑みを見せながら慇懃に答えるは、今度は近くに立つ手塚に話しかける。 「手塚君は、どう思う?」 突然話を振られても、手塚は微動だにしないまま当然のように答えた。 「先生が決めたことなら、俺も賛成だ」 「そーじゃなくて、私は君の意見を訊いてるの」 少し怒ったように見せながら詰め寄るに、手塚は暫し沈黙した後、言葉を選ぶように言った。 「………俺からも宜しく頼む、」 その返答には嬉しかったのか、少し照れながらこの時に初めて、手塚に無邪気な笑顔を向けた。 「そっか…ありがとう」 はお礼を言って菊丸達へ振り返り、駆けて行った。それと入れ替わりに、越前が手塚の隣りに歩み寄る。 「部長、ホントにイイんスか?」 手塚を見上げて訊く越前に、彼は振り返らないまま変わらぬ口調で言った。 「それは、試合をした越前。お前が一番判っているだろう」 との試合を知らない筈の手塚が、まるで見ていたように言うので越前は驚いて思考が止まった。 だがそれも一瞬で、彼はとの試合を思い出して自分を負かした相手とこれから一緒に練習するんだと、考えると越前は面白くなりそうな予感に強気な笑みを見せた。 そして同じように、いつの間にか越前とは反対側の手塚の隣りに立っていた不二も、いつもの笑みを更に深めて愉しそうに呟く。 「なんだか、大変なことになりそうだね」 「……あぁ」 短く答える手塚の視線の先で、が全員からよく見える場所に歩み出る。 「と、いうことになりました。先に言っとくけど、女だからって手加減は無用だから」 そう言いながら、は流麗な仕草で振り返り、改めて彼等に挨拶をする。 「これから宜しくね、青学レギュラーの皆さん…」 微笑むの瞳の中には、鋭く光るモノが宿っていた。 そんな彼女に、戸惑う者やこれからのことを思い意気込む者もいれば愉しむ者もいる。 を中心に、彼等の心に期待や不安が入り交じり、揺れ動きながらも確実に広がっていくのだった。 ――――まるで、水面に浮かぶ波紋のように。 to be continued... 初出 04/04/01 編集 07/08/30 |